龍帝陛下の身代わり花嫁
第八章 交錯する想い
「昨日の颯爽とハルカ様を救い出した陛下、素敵でしたわ!」
「普段何にも関心を示さない陛下が二つ返事で飛び出したと聞きましたし、ハルカ様は愛されていらっしゃるのですね」
髪を梳きながら楽しげな声を上げるココさんと、身支度の道具をまとめているクランさんの間で乾いた笑い声を漏らすことしかできない。
「亜人国の婚姻は、花嫁候補のもとに七日通うことで成立しますから、二日後には晴れて龍帝陛下の花嫁となられますね」
「二日後ですか?」
「夫となるものが愛する者のもとに通い、七日目に名実ともに夫婦となるのが、我が国での婚姻なのですわ」
初めて耳にする話に、呆然と鏡を見つめてしまう。
これまで期間限定の花嫁を務めていたつもりだったが、実際はまだ花嫁ではなかったらしい。
「私は、まだ陛下の花嫁ではなかったんですね」
思ったよりも暗い声が出てしまい、はっと口を覆えば、二人は顔を見合わせてふっと柔らかな笑みを浮かべた。
「ハルカ様ったら。そんなに不安がらなくとも、陛下のあの寵愛ぶりからして明後日の婚姻は確実ですわ」
「当日の御衣装は、お二人が出会われたその日から作り始めておりますのでご安心くださいませ。我々も協力しておりますし、必ず間に合わせます」
「ふふ、お二人が並ぶ姿を拝見するのが今から楽しみですわね!」
ココさんの嬉しそうな声に、徐々に頬が熱を帯びていく。
火照る頬を押さえていれば、不意に廊下を走るような足音が耳に届いた。
「失礼します」
仕切り布の方から聞こえた女性の声に、クランさんが廊下に出る。
しばらく話し込んだ後に戻ってきた彼女は、その顔を青くしていた。
「何かありましたか?」
「いえ……」
珍しく言葉を濁したクランさんの様子に、首を傾げる。
何かを躊躇するように唇を開閉していた彼女は、しばらくして私の側に腰を下ろすと、ゆっくりとその息を吐いた。
「ハルカ様、先程の者から本日の陛下の訪れが予定よりも遅くなるとの伝言がありました」
ただ遅れるだけの知らせだったことに、ほっと胸を撫で下ろしながらも、真っ直ぐこちらを見つめたままのクランさんはゆっくりと言葉を続けた。
「陛下が御怪我をされたらしく」
その言葉に、すっと体温が引いていく。
「つい先程の出来事だそうです。陛下を訪ねてきたガルファンが、ハルカ様との面会を望み、それを拒んだ際に傷を負われたとのこと」
「レイゼン様は大丈夫なのですか!?」
「陛下は神龍族の御方ですし、命に別状はありませんわ。ただ、常時であれば陛下がガルファン相手に傷一つ負うはずもないのです」
「なにか、事情があったのやもしれませんわね」
クランさんの言葉に、頷きながらココさんが口を開いた。
「昨日の様子を見る限り、ガルファンはハルカ様を諦めてはいなかったでしょうし」
「だからといって、陛下が傷を負う理由が?」
二人の会話に、冷や水を浴びせられたような心地になる。
圧倒的な実力の差があるにもかかわらず、レイゼン様が傷を負ったのには、なにか理由があるのだろう。
その理由として、ふと昨日のやりとりを思い出してしまう。
――もしかして、ガルファンさんに私達の取引を話してしまったから……?
あくまで可能性の一つだとは理解しているものの、彼の傷の原因が自分にあるのではと思い至ってしまうと、いても立ってもいられなかった。
「あの!」
私の声に、話し込んでいた二人は顔を上げた。
驚いた様子の彼女達に向かって、勢いよく頭を下げる。
「お願いです。レイゼン様に会いに行かせてください」