龍帝陛下の身代わり花嫁
…告白
その問いと共に、黄金色の双眸が真っ直ぐこちらを射抜く。
これまでの二十四年間、何の苦労もなく生きてきたわけではない。
厄介者でしかない私がお世話になることを親族に申し訳ないと思っていたし、両親を失ったことを思い出して涙することもあった。
それでも私が二人の笑顔を忘れない限りは、今も両親と共に生きていられるのだと懸命に生きてきた。
だから私は、最期のその日まで自ら生を諦めることはしない。
「もちろんです」
私がそう零した直後、鱗に触れていた指先が熱を帯びる。
変化に驚く間もなく、腕から胸へと広がる熱は、全身を包むようにその温もりを広げていった。
その感覚に指先を見つめていれば、ふっと笑い交じりの吐息がかかる。
『人の寿命は百年と聞いたからな。およそそれくらいは生きられるようにしておいた』
目を瞬く私を見て、彼はぶるりとその身体を震わせた。
『あの日、二人でこの場所に訪れたとき、そなたが生きてきた意味を教えてもらった』
黄金色の瞳を細めた黒龍は、まるで微笑んでいるように見える。
『そなたの二十年間は、両親との思い出に包まれて幸せであったのだな』
柔らかく響く声に、ふっと頬が緩んだ。
レイゼン様から分け与えられた命で生きてきた二十年間、懸命に生きる中でも、いつも優しい笑顔を浮かべる二人の思い出が心の中にあった。
両親を恋しく思って寂しさに涙しても、それでも私が生きてさえいれば、二人の思い出は消えないのだと前を向いて生きてきた。
「はい。幸せな二十年でした」
『……そうか』
静かな返答と共に、一陣の風が吹き抜ける。
その風の強さに思わず目を瞑れば、ばさりという音と共に彼の翼が周囲を包んだ。
風を遮るように庇ってくれたその行動に、目の前の黒龍がレイゼン様であることを改めて実感する。
「レイゼン様。私の命を救ってくださり、ありがとうございました」
深く頭を下げれば、黒龍はただただその喉を鳴らした。
『ただの気まぐれだ。礼を言われるようなことではない』
彼はそう言うが、もしそうだとしても彼の気まぐれが私の命を救ってくれたのは事実だ。
与えられるだけで、何も返すことのできない無力な自分が歯がゆくて仕方がない。
「……私は今も昔も、レイゼン様に助けてもらってばかりですね」
初めて会ったとき、私は彼に命を救われた。
異世界に迷い込んだ私を、元の世界に送り返そうと言ってくれたのも彼だ。
そして今しがた、再び私は彼から天寿を全うできるだけの命を分け与えられたという。
「この恩をどうやったら返せるでしょうか」
顔を上げれば、黄金色の双眸と目が合う。
「私に差し上げられるものなんてないかもしれませんが、それでも何か貴方の役に立ちたい」
亜人国の王であり神に等しい能力を持つ彼に、ただの人間が差し出せるものなんてないのかもしれない。
何か、私がレイゼン様に差し出せるものはーー。
『一人取り残された時間は孤独で、どうしようもなく息が詰まる。だから、そなたに取引の提案をしたのも、自分の気を紛らわすための暇つぶしの一つだ』
『そなたは「身代わりの花嫁」を務めると約束してくれただろう? せっかくの機会なのだから、最後の日まで私を楽しませておくれ』
これまでの記憶の中から一つの答えを導き出し、両手を握りしめると、ぐっと顔を上げた。
「私を、レイゼン様の本当の花嫁にしていただけませんか?」