龍帝陛下の身代わり花嫁
…身代わり①
「私は、ここに残ります」
私の返答は、静かな部屋にやけに大きく響いた。
きょとんと首を傾げたセジュンさんに、小さく頭を下げる。
「色々とお気遣いくださりありがとうございました。この一週間の間に私なりに心境の変化がありまして、これからもここに留まることにしました」
この一週間の間に、この世界について色々と知る機会があった。
長い寿命と優れた能力をもち人を超越した存在である亜人と、そんな亜人を恐れ、生贄を差し出しながら共存している人間達。
この世界のそんな歪な構造を知れば、以前セジュンさんが亜人について嫌悪を露わにしていたことも頷ける。
そんな彼に、これまでのことを正直に告げてもいいものだろうかと悩んでしまうが、黙ったまま彼の提案を断るのは違う気がした。
「私は、龍帝陛下の花嫁になります」
その言葉に、セジュンさんはその目を見開く。
そして、徐々に顔を青褪めさせていく相手の様子に慌てて言葉を続けた。
「あの、陛下からヨナ姫の身の安全は保障してくださると約束していただきました。なので、安心してもらって大丈夫です!」
彼は元々ヨナ姫を助けるために、私に身代わりを頼んできた。
ヨナ姫が無事逃げおおせるとわかれば安心してくれるだろうと思ったのだが、私の言葉を聞いた瞬間、彼はその顔をくしゃりと歪めた。
「……花嫁になればヨナ姫を逃がすと、そう言われたのですか?」
「えっ」
まるで初日の会話を言い当てたような彼の言葉に、思わず目を瞠る。
その反応をどう思ったのか、彼はその場に立ち上がると、つかつかと部屋の中に足を進めた。
目の前に立った彼が、じっとこちらを見下ろし、静かに膝をつく。
片膝を立て、頭を下げるようにして一礼した彼は、顔を上げるとゆっくりとその目を細めた。
「貴女は、見た目だけでなくその精神までもヨナ姫の生き写しのようだ」
うっとりとしたその言葉に、なぜか小さな違和感を抱く。
気付けば、彼の手が私の手首を掴んでいた。
「ご安心ください。約束通り、貴女は私が守ります」
その強い力に、思わず身を硬くする。
「あの、なにか誤解があるようですが、私は私の意思で彼の花嫁になろうとしているんです」
「貴女が自身を犠牲にしなくてもいいのです。大丈夫です、私は貴女に命を捧げる覚悟でお支えいたしますから」
目の前にいるはずなのに、その瞳に自分が映っていないような眼差しに、背筋を冷たいものが走る。
「セジュンさん、私の話を聞いてください!」
「ええ、聞いていますよ。どうぞ私を信じてください」
ぐいっと腕を引かれ、つんのめるようにして渡り廊下のほうへと引っ張られる。
まるで私の声など聞こえていないかのようなその行動に、嫌な汗が流れた。
「あの、放して――」
「私は『二度も』貴女を失いたくないんです」
その言葉に、目を瞠る。
『二度も』と言った彼の言葉に、その行動の理由がすとんと胸に落ちてきた。
噛み合わない会話。
私を見ているようで見ていないその眼差し。
彼が一度失い、二度と失いたくないと思っている人物。
それは――。
答えに辿りつき、ぐっと足に力を入れてその場に踏み留まる。
「セジュンさん、私はヨナ姫ではありません」