名探偵と初恋

手のひらが伝えるもの(後編)

今日もいつもと同じように、学校帰りの道で、恵美と出会った。

俺たちは、昨夜のテレビで放送していたホームズの映画の話をしながら歩いていく。
さて、そろそろ本題に入らなくては。
俺は歩みを止める。

すると、恵美も歩みを止め、そして、俺の方を振り返った。
恵美の髪が揺れる。
俺と恵美は向かい合った。

いよいよ告白だ。
俺は恵美の真似をして、人差し指を立てた。
そして、乾いた口を開いた。

「恵美ってさ……」

俺が話し始めるや否や、恵美も人差し指を出して近づいてきた。
そして、その指を俺の唇に押し当てた。

「!?」

これは黙れってことなのか?
俺の頭の中は真っ白になった。
恵美は俺の唇から指を離すと、左右に振りながらこう言った。

「ごめんね涼介、私の推理、聞いてくれるかな?」

なんだ?
俺は目を白黒させながらも頷いた。

「涼介が言おうとしていたこと、当ててあげる。
 まず、涼介は昨日、遅くまで起きていましたね。
 目の下にクマがあるよ。
 寝不足の理由はホームズの映画を見ていたから、だけではないと思う」

俺の体に緊張が走る。

「涼介ってアクション映画とか好きでしょ?
 それなのにホームズの映画の話をしてきた。
 私が推理ものの映画が好きってこと、知ってるからだよね。
 私に合わせてくれているのね。ありがとう」

恵美の推理がぐいぐいと俺の心の中をえぐっていく。
俺の口の中は、どんどん乾いていく……

「寝不足の時は、たいてい、涼介の髪はめちゃくちゃ。
 服のボタンを掛け違えていたこともあった。
 でもね、今日の涼介って髪型もきまってるし、
 制服にアイロンがかかっている」

俺の鼓動が速くなっていく……

「寝不足のはずなのに、身だしなみはきちっとしている。
 それって、涼介が今日、大事な話をしようって思っていたからでしょ?」

すべて図星だ……
俺は恵美が次に紡ぐ言葉を、戦々恐々として待っていた。

「涼介ってさ……」

そこで恵美はいったん、間をおいた。


「私のこと、好きでしょ?」


俺の顔が赤くなる。
俺の思いは完全に読まれていたのだった……


「でね、昨日、涼介とホームズごっこしたけど、
 私、わかったことの三つ目、まだ言ってなかったよね」

そうだった。鉄棒、お裁縫、あと一つわかったと言っていた。

「涼介の手を握って、分かったことがあるの」

恵美はくるりと回り、俺に背中を向けた。
制服のスカートが優雅に翻った。

「涼介の手を握って分かったこと……それは、私の気持ち……
 私、涼介のことが好き」

二人の間に、しばらく沈黙が流れた。


俺は恵美に近づくと、後ろからそっと抱いた。
そして、恵美の体をこちらに向け、恵美の顔を見て、こう言った。

「俺も、恵美のことが好きだ」

「嬉しい! ありがとう!」

こうして、俺たちは交際することになった。

前日、徹夜で考えた告白作戦は、結局のところ、予定通りには実行できなかった。
とは言え、両思いであったことをお互いに確かめ合えたので、結果オーライだ。

しかし、恵美の方が一枚、いや、何枚も上手(うわて)だった。
名探偵恵美は、自分が告白されることも見抜いていたんだな……


* * *


ある日のこと、俺は恵美にこんな冗談を言ってみた。

「推理ばっかりしていると、浮気を疑う女みたいに見られて嫌われるぞ」

すると、恵美は推理するときのいつもの指振りポーズをしながら、俺にこう言った。

「あら、それは大丈夫。
 だって、私は涼介が絶対に浮気をしないってこと、知っているもん」


俺の顔が熱くなった。

名探偵恵美には、やはり、すべてお見通しだった……



< 了 >

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