契約シンデレラ
「泣きそうだな」

マンションに帰り、部屋へと上がるエレベーターに乗り込んでから圭史さんに声をかけられた。
しかし、奥歯を噛み締めたままの私は返事をすることもなく壁を見つめていた。
今口を開けばきっと泣いてしまうとわかっていたから、無反応を貫いた。

「おいっ」
「お願いかまわないで」

動こうともしない私の肩を引かれ体の向きを変えられそうになって、私はその手を払いのける。
溢れそうな感情を誰にも見られたくなくて、私は壁を向いたままでいた。

母が亡くなってから、私はいつも一人で生きてきた。
もちろん理央や理央のママが気にかけてくれたこともあるけれど、基本は一人だった。
誰にも頼らず、迷惑をかけず生きてきたつもりでいる。
だからかな、誰かに泣き顔を見られるのは苦手だ。

「バカだなあ」

耳元から圭史さんの声が聞こえ、次の瞬間全身が温もりに包まれた。
そして、私の呼吸が止まりそうになった。
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