【完】生贄少女は冷酷暴君に甘く激しく求愛されて
そんな私を気遣って、環は話の方向を切り替えた。
ひそひそと声を潜めて、さっきまでのトーンとは打って変わった雰囲気。
「そういえばこの間、隣の芸能事務所、潰れちゃったの……!」
「え?」
「なんか闇金で借金してたみたい……。それで、ユズリハに目をつけられて消されたってハナシ」
「ユズリハ……」
それはまるで、悪魔の名のよう。
口にするだけで、むしっとした外気とは裏腹に、すうっと背筋が冷たくなっていく。
――ユズリハ コハク。
それは裏社会を仕切る最大勢力のトップに君臨する男の名だ。
SNSをやっていない私だって、その名前くらいは知ってる。
たぶんこの新宿特区で彼を知らない人はいないはず。
口では言えないような悪事に手染めてるってハナシ。
彼に目をつけられたら、生きてこの街を出ることはできない。
絶対に関わってはいけない人。
そしてこんなにも悪名高い人だけど、その素性は裏社会の一部の人間しか知らない、幻のような都市伝説のような存在なんだ。
本当に実在するのか疑ってる人もいるみたい。