君の音を聞かせて
優しい音

音楽室の出会い

放課後、体験入部をする一年生で校舎中が賑わっていた。
「どこ、行く?」
「俺、野球!」
「ねぇ、一緒に、あそこ、行ってみよう!」
私には、縁のないような会話が聞こえてくる。
胸が苦しい。早く、行こう。
賑やかな空気に包まれた生徒の人混みをはぐれて、私は校舎の端にある、第一音楽室のドアをノックした。
「はい」と聞こえた。
すると、勢いよく、ドアが開いた。
「痛っ」
ドアが自分に向かって開くと思っていなかった私は、ドアにぶつかってしまった。
「川西さん?」
「えっ?」
私を知ってる先輩がいたのかな。
そう思って、顔を上げると同じクラスの浅倉悠貴が出て来た。
「ごめん。怪我無い?」
「大丈夫だよ。それより、浅倉君も体験入部?」
「ああ」
「そうなんだ」
「楽器、何、やりたい?」
「...楽器」
「気になったから、ここ、来たんだろ?とりあえず、入れよ」
「うん」
浅倉君に言われて、音楽室に入った。
「こっちがシンセサイザー。よく言う、キーボード。
エレキベースギターで、ギター。ドラム」
思っていたより、沢山あるな。
「先輩達は、もうすぐ、帰ってくるから」
「うん...浅倉君は、楽器、何やるの?」
「俺は、これ。ベースギター」
浅倉君は、ベースギターを肩にかけて構える。
「音はこんな感じ」
と絃を弾くと、高い音が音楽室に響く。
「真っ直ぐな音だね」
「ああ。この音が良いんだ。
真っ直ぐで、強くて、俺だけの音だ」
浅倉君だけの音...。
私の顔が納得しなかったと言っているのか、浅倉君は、付け足して説明してくれた。
「いいか?皆、音程とかリズムは合わせられるだろ?」
私は、頷く。
「だけど、音の芯っていうやつかな。音の雰囲気とかは、その楽器、それを弾くやつにしか出せないんだ。
だから、この音は、俺だけの音なんだ。
もう一回、やるから、聞いてみ」
そう言って、また、絃を弾く。
今度は、低い音が音楽室に響いた。
「やっぱり、真っ直ぐな音がする」
それは、当たり前というように、浅倉君は、二つ返事でギターを肩から降ろす。
「どうも。次、川西さんの番だよ」
「私?」
「ああ。川西さんの音を聞かせて」
と言うなり、ベースギターをそっと、私にかけてくれる。
「最初、重たいから、気をつけて」
「ありがとう」
「どういたしまして」
確かに、実際、持ってみると、ずっしりくる。
「こうやって、構えて...」
「そう。弦は、触るイメージは軽く。だけど、しっかり弦の芯が伝わる感じ。それで、強く弾く」
強く...弾く!
音楽室に高い音が響く。
芯はあるものの、()れてるのは、自分でも分かる。
「良い音、出るじゃん」
「でも」
「最初は、誰でも、こんな音が出る。俺だって、初めて触った時、こんな音だった。これからだ」
これから...。
「だけど、今、出した音。これは、川西だけの音だ」
「うん」
さっきの音が私だけの音。
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