毒で苦い恋に、甘いフリをした。
「もう行かないなら帰るからね」

掴まれていないほうの右手で、左手首からゆうれいの手のひらをほどいた。

「ごめん。機嫌直して」

「私は別になんとも思ってないよ。拗ねてるのはゆうれいでしょ」

「ごめん。もう言わないから。もうちょっとだけ一緒にいて」

「…分かった」

私達は並んで歩き出した。
ゆうれいはちゃんと″友達の距離″を守って、隣を歩いている。

私の気持ちを知っていて友達以上の言動を繰り返すゆうれいと、
ゆうれいの気持ちを知っていて拒絶するくせに優しくもする私の、一体どっちが酷い人間なんだろう。

繁華街に着いて、事前に話していたわけじゃないけれど、駅前の純喫茶に当たり前のように入った。

最近できたばかりのおしゃれなカフェや、ファストフード店やファミレスもたくさんあるけれど、
私達はここの純喫茶の落ち着いた雰囲気が大好きでよく来ていた。

お店の入り口に大きい黒猫のオブジェが置いてある。
扉を開けるとカランコロン、って軽やかな鈴の音が鳴る。

もう座り慣れたエンジ色のソファは、ふかふかってわけじゃないけれど、妙に落ち着くからつい長居をしてしまう。

私はメロンソーダを注文して、ゆうれいはナポリタンとアイスコーヒーを注文した。

「何も食べないの?」

「うん。大丈夫」

「一緒に食べる?」

「ううん。ゆうれいっておいしそうに食べるじゃん?それ見てたら満たされるから平気」

「ほんとバカなんじゃないの!」

「はぁ!?なんか悪いこと言った!?」

「煽んなって言ってんの!」

「喧嘩はせっかくのご馳走を台無しにしますよ」

テーブルを挟んで言い争っている私とゆうれいの間に、コト、ってお姉さんがナポリタンのお皿を置いた。
懐かしい感じするのするケチャップのいい香り。
 
「ごめんなさい…」

「彼氏くん?可愛い顔のうえに、うちを選ぶなんてセンスの塊なのに。彼女を怒らせるなんてナンセンスだよ?はい、仲良く食べてね」

お姉さんはこの純喫茶のオーナーのお孫さんらしい。
大学に通いながら時々お手伝いをしてるって聞いたことがある。

お姉さんは私の前にも取り皿とフォークを置いて、
にっこり笑って立ち去った。
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