先輩のこと、好きになってもいいですか?
「……和泉、先輩?」
真っ青な顔をした、和泉先輩が棒立ちで静かに佇んでいた。
返事は返ってこなかった。
恐らくわたしと白月先輩を見つめているのであろう目からは、感情というものが全く見えない。
……真っ黒だ。
墨で塗りつぶされたように、真っ黒な瞳の中に囚われている。
「……っは、やっぱりお前もそうなのか」
ようやく口を開けたかと思えば、低すぎる声にビクリと肩が震える。
白月先輩は、そんな和泉先輩を訝しげに見つめていた。
「お前、もうおれに飽きやがったんだな。……あんな目ぇして見つめてきたくせに」
「え、えっと、その……」
状況が全く読み込めない。
和泉先輩がどうしてそんなに深く傷ついたような表情を浮かべているのかも、全く分からない。
「……ま、そうだよな。おれなんか捨てて、ふつーの男に乗り換える方がよっぽどいいもんな」
吐き捨てるようにそう言うと、落とした傘を乱暴に傘立てに入れてこちらに近づいてくる。
シューズに履き替えた先輩は、1度もわたしを振り向くことなく、「あのお試し期間は今日で終了」と冷ややかに告げ、どこかへ去って行った。
何かを抱えたその大きな背中を、わたしはただ黙って見つめていることしかできなかった。