月とスッポン  奈良へ行く
「休みを取ったっていうか取らされたんじゃないですか?」
「海から聞きましたか?」

「何も。なんか私と同じ気がしただけです」
「家にいると『今日代わって』って連絡に応えちゃうんです。それじゃいけないって達ちゃんにいつも言われてる。
だから、物理的に代われないように、仕事に行けないように、出かけてます」

「達ちゃん」「同じなのでしょうか」と声が聞こえる。

「大きな意味では同じじゃないですか?」
と流せば、
「『物理的に距離を取る』という事に関してだけは同じかも知れませんね」

きっと苦笑いをしている。

「どこに行くのかすらわからずに、よくついて来ましたね」
「仕事では京都や大阪に行く機会があるのですが、奈良は行ったことがなかったもので」

「修学旅行で行かなかったんですか?」

何気なく聞いて後悔する。

ブルジョワは海外だそうで、国内の旅行という旅行をした事がない。

旅行と言って出かけるには台湾やシンガポールが多いという。

「じゃぁ、今回もそっちに行けよ」
という言葉を飲み込んだ。

そんなどうでもいい会話を繰り返し、運転も繰り返せば、あたりが薄らと明るくなってくる。

目標時刻よりもほんの少しだけ早く最終SAに到着する。
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