月とスッポン  奈良へ行く
後部座席からコートがわりのシャツワンピースを取り出し羽織る。

社号表を見上げてから、ゆっくりと呼吸を整えながら歩み出す。

平日の早目の時間帯だけあって、人もまばら。
大鳥居の前で立ち止まり、深くお辞儀をする。

背筋が伸びる。

1000年前の人もこの場所に立ち、この景色を見て、この空気を吸い込み、
「ようやくこの地に来れた」と同じ事を思ったかも知れないと思うだけで、心が躍る。

「木々の成長や昨今の温暖化などを考えると、1000年前と同じとは言い難いですけどね」

膨らんだ思いが一気に萎む。

「ロマンがない」
「それでも、背筋が伸びる理由はわかる気がします」

朝の掃除をする神職に「おはようございます」と挨拶をしながら境内を進んでいく。

ただ同じ場所に居合わせただけの人だ。風景と一緒だ。

そう思っても、自然と視界に入ってくる。
これが生まれ持ったオーラというものなのか。

無性に腹が立った。

そう言った感情を全て捨て去る旅のはずなのに

大きく深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。

「あれは風景。あれは通行人。あれは」

振り返り「置いて来ますよ」と声をかけられる。
通りすがりの人までもがこちらを見る。

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