月とスッポン  奈良へ行く
「着きました」と言われて降りてみれば、これは・・

見るからに重厚があり高そうだ。

食事代も含め宿に泊まると言った時も、東京に着いてから、かかった費用をある程度「包めばいいか」と安易に考えていた。

これは、給与が吹っ飛びそうだ。

よし、大河を降ろして、退散しよう。

「鍵を下さい」

にっこりと笑って、助手席のドアを開け大河が立っている。

「なんで?」
「今、私を置いて立ち去ろうとしていましたよね」

笑顔が怖い。

「そ、そんな滅相もございません」
「冗談です。車を移動させてくれますので、鍵を下さい」

鍵を大河に贈呈する。
鍵を取り上げると、従業員らしき人に「お願いします」と手渡した。

「宿泊に必要な荷物を下ろしましょう」

後部座席のドアを開け、小さめのボストンバックを手に取る。

中に入っていく大河に、慌ててついていく。

そういえば、こいつ手ぶらだ。
金持ちは荷物を持たないのか。

なんてくだらない事を考えている。

フロントに声をかけている大河を確認し、立ち止まる。

エントランスを見渡せば、高級ホテルのような華やかさはないが、高級感あふれる落ち着いた重厚感を感じる。

ここは、私のような下民がいていいところではない事だけは確かだ。

さぁ、どうやって逃げ出すか?

“車に忘れ物をした”とでも言って、鍵を受け取り、そのまま逃走がベストだろうか?

「荷物をお預かり致します」
「イヤ、大丈夫です。自分で」

スタッフさんに声をかけられ、即座に否定する。

< 47 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop