月とスッポン  奈良へ行く
始めが肝心
 深夜を回った平日のSAは、
これから向かう人、帰る人が少なからずいて、
その誰もがこの男を横目に見ていく。

このまま、この男を連れて行ってくれないか?

そんな感じの歌を誰かがカラオケで歌っていた気がする。
そう思いながら男を見ていた。

その視線に気付いたのか、持っていたスマホをしまい、顔を上げた。

目が合うと右手を上げる。

何かの撮影か?

フラッシュが一斉にたかれる音が聞こえてきそうだ。

人に見られる事が慣れているのだろう。
周りの視線をもろともせず、堂々としたもんだ。

小さな紙コップに入った無料のお茶を置く。

「ルールを決めましょう」
「何度も言っているかと思いますが、私の事はいないと思ってくださって構いませんよ」

安いお茶が高級茶に見える。
「私が構うんです」

私の旅だ
流されてはいけない
何事も始めが肝心だ

「1ミリも気を使いたくないんです。
察したくもなければ、使いたくもないんです。ひとり旅なもので。
なので『なんでもいい』『どこでもいい』『どっちでもいい』は絶対に言わないで下さい。
言った瞬間、どこであろうと置いていきます」

「おお怖」とか言いながらも、微笑ましく見ないでほしい。

幼い子供が一生懸命に話す姿を見ているように、こっちを見ないでほしい。

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