魔術師団長に、娶られました。
「んー……?」

 首を傾げた拍子に、声が出た。
 一行目は、わかる。
 二行目も、「本日私達、満足な挨拶もできないどころか、もっと色々ありましたよね?」と思いつつも理解の範疇。
 三行目にして、いきなりの摩訶不思議案件。

(「これから」とは、いつを起点にして、どのくらい先のことを言っているんですか……!?)

 この文章だけを見れば、比較的近々の日程から、今後将来的にという壮大な時間軸の中において「我々は顔を合わせることはあるのか」との問いかけと考えられる。
 受け取りの幅が、あまりにも広すぎるのだ。

 シェーラとて、この先彼と会わないわけにはいかないことを、理解している。
 会いたい気持ちもある。
 一番の本音は「会ったら自分が何を言ってしまうのかわからないので、今はまだ会いたくない」ではあるが。

 失言をする。失態をする。
 できればそんな自分を、彼に見られたくない。会いたくない。
 だけどやっぱり、会いたい。
 一人でいるよりも、二人でいる方が楽しいと、すでに期待してしまっているから。

「……昨日最初に会ったあたりで、時間が永遠に止まってくれていたら良かったな」

 好きになる前は、普通に会話ができていたのだ。
 好きかもしれないと気づいた途端に、ぎくしゃくして顔も見られないだなんて、ひどすぎる。
 こんな状態で、結婚なんかとてもできない。
 なにしろ、同じ空気を吸うだけで、心臓が止まりそうなのだ。
 一緒に過ごしたら、死んでしまうかもしれない。物騒この上ない。

(ひとまず返事……。受け渡し方法はわからないけど、エリクに頼めばなんとかしてくれる気がする)

 どんな暴投も必ずキャッチするエリクに対して、騎士団員の信頼は厚い。
 そうと決まれば、ペンと便箋を用意して、と机に向かって歩き出したところで。

 コンコン。

 再びの、ノック。エリクが引き返してきたのかと、シェーラは別段警戒もなく「はい、なんですか」と声をかける。
 ほんの少し、長めの間を置いて、ドアの向こうの人物が答えた。

「マドックです。副団長、少しお時間頂けますか?」

 騎士団所属の部下である。

(なんだろう?)

 用事でもあるのかな、と相手の仕事ぶりをざっと思い出しつつシェーラはドアへと向かった。
 マドックは、騎士団内ではさほど関わる相手ではなく、普段は寮でも特に顔を合わせることはない。
 もっともそれは、寮を利用している唯一の女性団員として、シェーラの生活区域に男性が近づかない配慮がされていることが大きい。

 騎士団寮は王宮敷地内にある別棟で、城下に屋敷のある者が連勤の際に寝泊まりに使ったりすることもあれば、家にまったく帰らず住み着いている者まで様々である。
 シェーラの利用形態は半々といったところで、用事があれば家に帰るが、面倒なときは通勤時間が短縮できるという理由で、寮に連泊している。
 その間、シェーラの割り振られた三階の角部屋付近、及びその周囲からは人影が無くなるのだ。
 男性たちの中で協定があるらしいと小耳に挟んだことがある。
 シェーラとしては申し訳ないやらありがたいやら、という複雑な心境であった。

「何か用ですか?」
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