魔術師団長に、娶られました。

いけすかない男の代名詞

「絶っっ対に、嫌です。アーロン様とお見合いだなんて。アーロン・エウスタキオ! いけすかない男の代名詞ですよ。これまで、たっくさんの女性を泣かせているのだとか……!」

 王宮の一角。王立騎士団の、団長執務室にて。
 副騎士団長であるシェーラは、団長であるバートラムから呼び出しを受けていた。そして、寝耳に水としてもひどすぎる縁談話を持ち出されたところであった。
 すなわち、魔術師団の団長、アーロン・エウスタキオとの見合い。
 後頭部で束ねた白金色の髪を振り乱し、水色の瞳を見開いてシェーラは力説する。

「騎士団の仇敵ではありませんか……! お見合いなんてしてどうするんですか」

 髭面で筋骨隆々とした男、騎士団長のバートラムは、翼を広げた大鷲の旗を背に立ち、騒ぎ立てるシェーラに対してこんこんと諭すように言い含めた。

「そう言うがな、シェーラ。アーロンはただのいけすかない男じゃない。あの若さで魔術師団長だ。地位も収入もある上に、見た目も良い。家柄も良いしな。女性を泣かせているのは縁談も告白も片っ端から断り倒しているからだ。本当にいけすかねえなこのやろう。とにかく、守りが鉄壁過ぎて、これまで浮いた噂ひとつない。夫にするには理想的じゃないか」

 その言葉のどこにも、嘘はない。
 実際に、条件面では非の打ち所のない相手というのは間違いない。
 シェーラとて、わかっているのだ。

(そんな方が、私を相手にするはずがないということも含めて)

 それを口にすることはできず、往生際が悪いと思いつつも論点逸らしを試みる。

「魔術師なんて、得体のしれない呪文で戦うだけで、身一つで敵に挑む騎士とは何もかも違いすぎます。私は、自分より腕力がなく、ひ弱な男が無性に嫌なんです。無理です」

「ひ弱どころか、アーロンは強いぞ。間違いなく歴代最強と言われている」

「歴代最強でも嫌なものは嫌です! 面と向かって戦ったら、きっと私の方が強いですよ!? おととい来やがれですね……!」

 バートラムは、そこではっきりと首を振る。

「嫌でもなんでも、これは仕事上の命令だ。ここ数年の騎士団と魔術師団の仲の悪さは史上類を見ないほど。もはや王宮の食堂や宿舎で内戦が始まるのではないかと言われ続けるに至り、陛下から『どうにかしろ』と直々に命が下った。それで私と師団長が話し合った結果、『政略結婚』に落ち着いたわけだ」

 真面目くさって打ち明けられた内容は、当事者のシェーラからすると「正直でよろしい」と許せるものではない。
 シェーラは「団長?」と低く脅しの効いた声で言った。

「騎士団と魔術師団の不和ですよ!? 長年戦争してきた敵国同士の外交政策じゃないんですから! 代表同志の結婚で片がつくような問題でもないですよね!?」

「いや。これはもう、実質戦争だ。王宮で繰り広げられるこの内戦を終わらせ、かつてのような友好関係を復活させるには、政略結婚の他に手はない。まずは見合いだ。行け、シェーラ」

「どうせなら、辺境の魔獣討伐にでも行かせてください。そうでなければ、もう私のことは死んだものと思ってください。魔術師団長とのお見合いなんか無理です」

 精一杯粘ったが、遠征任務も死亡工作もすべて拒否され、見合いの日取りを言い渡されて退室を促された。
 期日は一週間後。「間違えても騎士の正装なんかで行くなよ、きちんと女に見える服装で臨め。もとを正せばお前は伯爵家の御令嬢なんだ、何らかの偽装くらいできるだろ」と、団長はずけずけとシェーラに言った。


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