魔術師団長に、娶られました。
「信用するしないの問題ではない。俺はたとえ君に嫌われても、俺が必要だと判断したら暴力の現場に介入する。そこに遠慮はない。人間は意地を張るし、自分だけは大丈夫だと過信するし、他人に迷惑をかけたくないって気持ちも働く。そのせいで、いつもならできる判断を間違えたり、助けてと言い出せずに取り返しのつかないことになることだってある。君はいま心の底から傷ついていて、何もかも鈍っていた。自分の命すら守れないほど。そういうときに、君のメンツのためだけに手出しを控えるなら、俺は魔術師団長なんかやってない。君が俺をどういう人間だと思っているか知らないけど、これが俺だ」

 見透かされている。
 全身に静かな怒りを湛えたアーロンは、混じり気のない本当のことしか、口にしていない。
 シェーラがメンツにこだわっていたこと。それをアーロンが叩き潰したこと。すべて自覚していて、しかし必要なことをしたまでだから、自分は絶対にその位置から譲歩はしないと。
 シェーラのわがままなど、受け入れる気はないのだと。

(これが長年、騎士団が目の敵にしてきた魔術師団長……。甘いひとであるはずがない)

 もはや何かを言い返すこともできず、シェーラはうなだれて頷いた。
 シェーラはアーロンと一日過ごしただけで浮ついてしまい、隙だらけになっていたのだが、アーロンは何一つ影響を受けていないのだ。
 当然だ。デートは王命、結婚するとしてもそれは政略結婚。いくらシェーラがアーロンを思おうと、同じだけを返してもらいたいだなんて、望み過ぎなのだ。

 考えれば考えるほど、シェーラは息が苦しくなってくる。
 一方、言うだけ言ったアーロンは咳払いをして、改まった口調で続けた。

「ここからはまったく俺の個人的な発言になる……なります。駆けつけるのが遅くてごめん。このくらいのこと、予測しておけば良かった。君の周りの男たちが、君の恋愛話を聞きつけたときにどういう行動を取るか……。それこそ、俺の配慮が足りなかった」

「そんなことはありません。悪いのは、悪いことをしたひとだけです。アーロン様は何も」

「それを君が言う? それなら、自分にも適用しなよ。君は何一つ悪くない。今日のことで、自分を責めたりしないように。落ち込む必要だって無い。痛いところがあるなら、俺が治してあげる。忘れたいなら、そういう魔法だって」

 こんこんと優しい声でひとつひとつ詰められて、シェーラはいつまでも拗ねた態度を取っていることもできず。
 恐る恐る顔を上げて、アーロンを見た。
 てっきり、先程冷静に話していたとき同様の、無表情をしていると思っていた。
 しかしそこにあったのは、泣きそうなほど潤んだ紫の瞳に、動揺しきりの顔で。
 ごくふつうに、面食らってしまった。

「……アーロン様が泣きます? どうして?」
「泣いてはいない。自分に怒っているし、君のことは心配してる。今日は騎士団寮に泊まり込んでも良いかな? 隣の部屋、空いているんだよね?」
「隣? というか、騎士団寮に魔術師団長だなんて……朝を迎えるまでに、何度襲撃を受けると思っているんですか」
「そんなに危ないなら、空き部屋はやめておこう。この部屋の隅に置いてもらおう」
「どういう理屈ですか? 置きませんよ!?」

 それはもうだって、一緒の部屋で朝を迎えるという意味では? と目を見開いたシェーラに対し、アーロンは「にゃーん」と小声で鳴いた。「猫だと思ってください」と言い添えて。

(そんなイケメン猫が、この世にいて良いわけがないです!)

 動揺したせいで、変なことを口走りそうになった。シェーラはそうじゃないと思い直して、厳しく指摘する。

「可愛くてもかっこよくてもだめです! だいたい、この部屋の隅って、床で寝るおつもりですか?」
「ベッドでもいいけど、君が良ければ。一緒に寝てくれる?」
「そんなわけないですね……!」

 全力で言い返した。
 そのまま抗議を続けようとしたのに、アーロンの「にゃーん」が頭の中で鳴り響き、勢いがそがれた。
 一度笑ってしまうと、笑いが止まらなくなった。
 いつまでも笑うシェーラの横で、アーロンもまた、くすくすと品良く楽しげに笑っていた。

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