魔術師団長に、娶られました。
 叔父を始め、年配の魔術師たちは口を揃えて言う。
 その教えに逆らうことなく、アーロンは自分の持つ魔術の力を、有効利用することだけを考えて生きてきた。
 騎士団相手には、魔術師ながら騎士よりも前に出て戦うことで「お前らが何人いても、俺ひとりにかなわないんだな」とわからせることにした。

(才に恵まれた自分は、他人より努力し、何倍も働き、弱音は吐かず、孤独で居続けることだけが正しいと自分自身に言い聞かせてきた)

 アーロンが「天才だから、天才として生きている」と口にしたとすれば、それを「止むに止まれぬ」などとは誰も思わないに違いない。
 傲慢な印象を与え、大なり小なり反感を買う。
 そして、助けて欲しいときに助けてくれるひとはいない。

 損な役回りだなと思う。
 九割自分が引き受けるのは納得しているので、残りのほんの少しだけ、ときどき寄りかからせて欲しい。
 そんな相手には、一生巡り合わないと、漠然と諦めていたのに。

 かつて一度話したことがあり、入団当初から気にかけていた女性、シェーラ。
 彼女もまた、女性の中では少しばかり異色の能力が在り、それを生かすために騎士団に入団したことによって、周囲に少なからぬ動揺を与えている存在だった。
 自分と似ている、とまでは思わなかったが。
 潰れないでくれればいい、と遠くから願っていた。

 何も、いつまでも遠くにいる必要はなく。
 直接会話をしてみても良いんじゃないかと気づいたのは、間抜けなことに本当に最近なのだった。

 そうして、実際に会って話した彼女は――


 * * *


 次の予定はいつにします? と食堂で話してから、互いに連絡を取り合い、二人で話す機会を作るようになった。

「子どもの頃、誰かに言われたんですよね。『奥様になるつもりで、鍛錬をしないでいると騎士にはなれないけど、両方捨てないつもりでひとまず鍛錬続ければどっちにもなれる、潰しがきく』みたいなこと。結局、適性はあったので、騎士にはなれたんですけど……」

 夜も更けた頃、騎士団の宿舎の三階。
 窓の外からこっそりシェーラの部屋を訪れたアーロンに対して、シェーラは実にのどかな口調でそう言った。
 数日前に婚約は公表したものの、まだ世間体もあり、気を許した付き合いのできない二人は、夜の密会をしても行儀良い距離を保っている。
 寄り添うこともなく、備え付けの質素な応接セットで向かい合っての会話である。見た目は、会議であった。
 どちらかが均衡を崩せば少しくらい、危うい展開もありえるのかもしれないが、飲酒どころか水も茶も用意せず、短い時間を想定した逢瀬では「何か」など起こり得る空気にはならない。

 アーロンは、(このひと、なんだかどこかで聞いた話を始めたぞ)とすぐに気づいていたが、シェーラはそれが()()()()()()()()()とは一切考えていないようだった。
 どこかの誰かに言われて感心した話としてアーロンに話し始め、落ち着かない様子で付け足した。

「奥様の方の修行は、いつやめてしまったかも思い出せないんです」
「なるほど。それは奥様になってから考えれば良いのでは? 騎士になる前より、なってからの方が伸び幅は大きかったはず。奥様だって、同じですよ。なる前にあれこれ心配するより、なってから不足部分を伸ばせば良いんです」

 結婚は覚悟がついても、その後はうまくできるかわからないという悩みらしい。アーロンが簡単に返すと、申し訳無さそうな顔をしたままのシェーラは、小声で言った。

「どこから手を付けて良いかもわからないのです」
「俺からすると、結婚相手がシェーラさんであるだけで、必要十分の条件を満たしているわけで……なにが不足なんですか? 俺が困ることがあるとすれば、相手がシェーラさんじゃなくなったときだけですよ」
「それはないです、いまさらそれは無いです! もう準備も進めていますから!」

 焦って言い募るシェーラを見て、アーロンはふっと、笑みを漏らした。
 そのまま立ち上がり、シェーラの腰掛けている二人がけのソファの隣に移動する。
 アーロンが座り、座面が沈んだことでシェーラがぎょっとしたように身を引いた。

(ん~……何もしないつもりだったんだけど、その反応可愛いな、どうしよう)

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