魔術師団長に、娶られました。

結婚式当日

 アーロンとの、見合いという名目のデートから、約二ヶ月。
 新居の選定、衣装合わせ、来賓手配などすべての面で王宮官吏が主導し、さながら国家事業のような手厚さで準備は滞りなく進み。
 騎士団と魔術師団の歴史的和解を目的としたシェーラとアーロンの結婚式は、無事開催される運びとなった。
 迎えた当日。


「準備出来てるって聞いたから、顔を見に来たよ」

 夫となる男性は、大聖堂での儀式の際に初めてドレス姿の花嫁と対面する、という演出など気にしないらしい。
 真っ白の燕尾服を身に着けたアーロンは、世話係を帯同してシェーラの控室を訪れた。
 シェーラの周りで最終準備をしていた女性たちが、「わっ」と色めき立つ。

 普段あまり体の線の出る服装をしない彼だけに、いざというときの服装は、その顔の小ささ手足の長さ、黄金の等身バランスが際立って見えた。何より、眼鏡をしていてさえ顔が、凄まじく整っている。そろそろ見慣れてきたシェーラでさえ、呆気にとられるほどの見栄えだった。

 シェーラはオフショルダーで上半身こそ控えめだが、ウエストから下は砂糖菓子のようにふんわりとしたドレスを身に着けていた。ひとりで歩き回るに適した装いではないものの、アーロンを迎えるためにすぐに腰を上げた。

「アーロン様はさすがにお似合いですね。王族の結婚式でもないのにパレードをと言われたときは演出過剰ですとお断りしましたが、あれはアーロン様を見たい方のためのご提案だったのでしょう。ここにいないで、意味もなく聖堂内や周辺をぐるぐる歩いてきてみてはどうです?」

 夫となるアーロンの姿があまりに麗々しく、動揺したシェーラは目の前から消えてもらおうと誘導してみたが、もちろんアーロンにはあっさりいなされてしまう。

「君は本当に不思議な提案をするね。そんなに暇そうな新郎はいまだかつて見たことがない。ただ、君がこの服装を気に入ってくれたのがわかって嬉しいよ」

 アーロンは、自分の世話係は廊下に残し、介添えなしには歩くことのできないシェーラの前まで、ゆっくりと近づいて来た。

(イレギュラーな、事前の対面……。これは、儀式に対しても私に対しても敬意がないわけではなく。昨日私が「儀式までお会いしないということは、私以外の方がアーロン様を先に見て、私も夫以外のひとにさんざん花嫁姿を見られた後というわけですね」と余計なことを言ってしまったから……っ)

 考えなしの一言に対して、アーロンが「それはそれで面白くない」と珍しく機嫌を傾けてしまったのだ。
 まさかそこまで彼が「他の人より先に」を気にするとは思わなかったシェーラだが、アーロンの姿を見て考えを改める。
 先に見せてもらって良かった。
 やり直しのきかない儀式本番で出会っていたら、言葉も出なくなってしまったに違いない。

「本当にお美しい。今でも何かの間違いかと思います。こんな素敵な方が私の夫だなんて」

 目の前に立つアーロンに対し、シェーラはしみじみと賛辞を送る。何か言いたそうにしていたアーロンは、そこで軽く眉をひそめた。

「先に言われてしまった。いま、盛大に君を褒めるところだったのに、いざとなると歯の浮くような言葉が出てこなくて。愛の詩でも諳んじようと選んでいたら、完全に出遅れた」

「お気持ちだけで。私はだいたいアーロン様を前にすると、語彙が死ぬので、ひねったことを言うのは諦めました。思っているのに言わないよりは、単純でも言ってしまった方が良いかと、口にするようにしているだけです。とても素敵ですよ、目が潰れそうで直視できません」

「褒めてくれてありがとう。潰れたら回復魔法しっかりかけてあげるから、目を逸らさないで俺だけを見ていて欲しい。この先もずっと」

 紫水晶の瞳にまっすぐに見つめられて、シェーラはほんのり頬を赤らめ、視線を下げた。

「言われなくても……、アーロン様しか見ていません」

 正直に言ってしまってからふと、周囲の空気に気づく。
 忙しく立ち働いていたはずの女性たちが全員、窒息寸前のように息を止めていた。
 わーっ、とシェーラは慌てて声を上げた。

「あの、ただ会話しているだけなので! お仕事続けて頂いて大丈夫です、すみません!」

 すると一様に「いえいえ、どうぞそのまま」「聞き漏らさないようにしているだけです」「呼吸音も邪魔かと控えていまして」「推しと同じ空気は尊すぎて吸えない」と言い返される。「あのお二人は、ただの会話であれですよ」と小突き合ってさえいた。

「結婚するわけですから、他の男性を見ていたらおかしくないですか!? 私、そんなに変なことは言ってないと思うんです……けど!!」
「わかりますわかります、シェーラ様、その通りです」「今日の主役のお二人ですから、何をなさっても許されますよ」「むしろもっと供給を」

 焦って弁解らしきものをしても、どうも相手にされている手応えがない。それでも何やら大変恥ずかしいことを言ってしまったらしい、と火を噴くほどに顔を赤らめつつ、シェーラはアーロンに向き直った。

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