魔術師団長に、娶られました。

今までもこれからも

 王宮へは、アーロン主導による転移魔法にて帰還となった。

(徹夜明けの状態で、転移魔法で山中に飛んできて魔物と一戦を交え、その後参加人数が少ないからやってやれないことは無いって魔法陣を書いて皆さんを王宮まで転移魔法で連れ帰ってきて……。おかげで楽に戻れたので、騎士団の疲労は軽くて大好評ですが)

 アーロンに協力していたリルやバリーは、よほど魔力を消費したのか、王宮の一角に設置された転移専用の魔法陣へたどりつくなり、倒れ込んでいた。
 出掛けに全員今日中に連れて戻るとアーロンが予定を告げていたらしく、ヴェロニカやバートラムが迎えに来ており、倒れた魔術師を回収。余力を残していた騎士団員たちは、任務で使った道具の片付けや馬の世話をしてから、王宮の食堂を貸し切った宴へ向かうようにとバートラムに指示される。「一応、自由参加だぞ」と声をかけられてはいたものの、全員喜んだ様子で走り出していた。

 ついでのように「報告聞くぞ」とバートラムに声をかけられたシェーラは、ひとまずその場に残ったものの、顔色の悪いアーロンが気になって仕方ない。
 魔法を行使し続けたアーロンは、倒れこそしなかったが、ここからさらに騎士団・魔術士団有志による合同パーティーへ参加するのは、ハードスケジュール過ぎるようにシェーラには思えた。

「アーロン様は、お休みになったほうが良いです」

 シェーラがさりげなく耳打ちをすると、アーロンは疲れを隠しきれない顔に笑みを浮かべて「いいえ」と言った。

「王宮主催以外で、騎士団と魔術士団が交流を図る懇親会なんてここ数年なかったですからね。参加しないわけにはいきません」
「私が参加しておきますから、大丈夫ですよ」

 たとえアーロンが不在でも、自分がカバーします、という心づもりでシェーラは進言したが、アーロンは首を振って拒否を示す。

「睡眠不足で任務に出て限界なのは、シェーラさんの方です。俺は、今日一日団長業務もヴェロニカに代わってもらってますから、実質休暇みたいなものだったので。シェーラさんより、余裕全然あります」
「山に来ましたよね? 休暇でも仕事していましたよね?」

 事実誤認ですよ? と、シェーラが詰め寄ると、アーロンはそっと顔を逸らしてごくささやかな声で呟いた。

「俺のは妻に会いたくて、なので。仕事ではないです」

 というか、とアーロンはシェーラに視線を戻して、ためらいがちに続けた。

「俺は、シェーラさんの邪魔になっていませんか。いくら心配だからといって、お互い大人なのに仕事先にまでついていくのって、おかしいですよね。遠くからひと目見たら、帰るくらいのつもりではいたんです。でも魔物に言い寄られたり、転びかけているのを見たら、助けられる距離にいるのに我慢するのも違うんじゃないかと」

 いつになく自信に欠ける弱々しい態度で告げられて、シェーラは「くっ」と歯を食いしばり、拳を握りしめた。

(落ち込んでいるアーロン様、慰めたい……!)

 周りにひとがいなければ、抱きしめて思う存分撫で回していたかもしれない。
 夫婦になって日が浅いとはいえ、アーロンとの接触に関して、シェーラはかなり耐性がついてきている。自分から積極的に仕掛けても良い、むしろそうしたいと思うほどに。
 うずうずする手をどうにか押さえつけながら、ひとまず「大丈夫ですよ」と笑いかけてみた。

「私たちは仕事柄、立場上『結果が良ければ良いという話ではない』と部下を叱りつけることも、ままああります。その一方で、矛盾するようではありますが『結果がすべて』という考え方も持ち合わせています。今回は、アーロン様が実力を発揮しても険悪な空気にならず、魔術師団との協力体制を強固なものにしながら任務を遂行できましたし、帰路を確保してくれたことで騎士たちの疲労も最小限ですみました」

 任務の責任者として、駆けつけてくれた魔術師団長に良かった点をあげつつ礼を述べる。
 ぼんやりとしていたアーロンは、すうっと無言で腕を伸ばしてシェーラを捕まえようとし、思い直したように自分の額に手の平をあてた。
 明らかに、いまこの場でいちゃいちゃしてはいけない、と我に返った仕草であった。

(本格的に弱ってますね! これはもう放っておけないです)

 ここまで弱ったアーロンを、引き続き宴に参加させるのはやはり酷というもの。シェーラは、近くにいたヴェロニカに声をかけた。

「少しだけでも、アーロン様を休ませます! 間に合わなければ、宴の参加は途中からになるかもしれません」

 すると、心得ていたように頷いたヴェロニカは「それが良いと思うわ。魔術師団の団長室に、アーロンの仮眠ベッドがあるわよ」と親切に教えてくれた。

「ありがとうございます! 責任持ってそこまでお連れします!」

 晴れやかに告げたシェーラに対し、ヴェロニカが素早く告げる。

「ひとを近づけないようにしておくから、シェーラ副団長も遠慮せずに休んで。どうせ日付が変わるまで飲んでるでしょうし、来なくてもどうにかするから」

 その気遣いに再びお礼を言って、シェーラは「行きましょう」とアーロンの手を取る。アーロンは覇気もなくされるがままといった様子で、シェーラは歩かせるのもかわいそうに思えて抱き上げた。即座に「だめです」とアーロンが暴れ、結局二人で肩を並べてその場を立ち去った。



 どうにか休むことを納得したらしい、と後ろ姿を見送りほっと息を吐き出すヴェロニカ。
 その背後に立ったバートラムが、咳払いとともに「副団長から任務の報告を聞きそびれたのだが」と声をかける。
 ヴェロニカは「あら?」と猫のような形の目を見開き、バートラムを振り返った。

「まあいいじゃない。必要なら、エリクから聞いておいてよ。さっきの二人は、魔術師団と騎士団の仲直りという、より重要度の高い任務のために奮闘しているんだから、応援しておきましょう。なんだか、そのおかげでずいぶん王宮内の空気も変わってきているように見えるし。今日のところは、邪魔しちゃだめよ? いいわね?」

 釘を刺すように言うヴェロニカに、バートラムは「そうですね」とのんびりとした相槌を打った。
 そして、夕暮れの空を見上げながらヴェロニカに「行きますか」と声をかけ、ゆっくりと歩き出す。
 追いついてきたヴェロニカが肩を並べたところで「俺らもどこか適当なところで宴を抜けますか?」と何気ない調子で尋ねた。

 まったく意図をはかりかねた様子のヴェロニカが「なぜ? あの二人がいなくて、私たちもいなかったら部下に示しがつかないでしょう?」と生真面目な顔で答える。
 バートラムはその反応を予期していたかのように、別段落胆した様子も見せずに「そうですね」と再び同意を示しつつ、世間話を始めた。


 * * *


 魔術師団の団長室にたどりつき、続き部屋のベッドまでアーロンを連れて行き「まずは寝てください!」と言ったシェーラであるが、新婚夫婦であるだけに、二人きりになれたことにひそかに幸せを噛み締めていた。
 とはいえ、そこは限界まで疲れたもの同士。

「寝るならシェーラさんもですよ。二人で寝ても全然大丈夫な広さなので……」

 そう言いながら、アーロンはシェーラを抱きかかえるようにしてベッドに倒れ込んだ。
 その次の瞬間には、吐息が寝息に変わる。

「アーロン様、せめて靴は脱ぎましょう!」

 シェーラが暴れながら声をかけると、くぐもった声で「わかりました」という返答があった。
 しかし起き上がる素振りはなく、アーロンはシェーラを背中からぎゅっと抱きしめて、深い溜息をついた。
 腕の力は、有無を言わさぬほど強い。
 完全にシェーラを押さえ込んだ状態で、アーロンは掠れ声で話し始めた。

「俺はシェーラさんのことが、大好きなんです。シェーラさんが俺に気づくずっと前から、シェーラさんのことを目で追いかけていました。かなり年季が入っています」

 身動きの取れぬシェーラは、耳元で囁かれる言葉にドキドキとしながら「ありがとうございます」と返す。
 アーロンは腕にさらに力を込めた後、ふっと脱力した。

「シェーラさんが想像もつかないくらい以前から、俺はあなたのことがずっと好きだったんです。言えばきっとひかれるだろうなってくらい、長い間」

 その声があまりに弱々しく、震えているように聞こえて、シェーラはベッドに横たわったままの姿勢で後ろを振り返った。

「いつからですか」
「子どもの頃。覚えていないと思いますけど、会って話したことがあるんです。いや、無理に思い出さなくていいです。俺にとってそれはシェーラさんを知るきっかけであって、好きになったのはあなたが騎士団に入って働く姿を見るようになってからなので」

 もう目を開けていることもできないのか、アーロンは口だけを動かしていたが、やがて声はどんどん不明瞭なものになり、すうっと寝息に変わった。
 シェーラはそれからしばらく、その整った顔を見つめていた。

「私も、好きの重さでは負けていないですよ。大好きです、アーロン様」

 触れ合うほどの距離にいて、互いのぬくもりを与え合う関係。
 姿が見えなければ当然のように心配し、会えただけで嬉しくて、そばにいると安心とドキドキが同じだけ押し寄せてくる。

(いま一番大きいのは一緒に寝たいという疲労感ですが……。無防備なアーロン様が心配だけど、ここは安全だとヴェロニカさんが言っていたし、私も少し寝よう……)

 折り重なるように抱き合ったアーロンの体温が、強烈な眠気を誘うのだ。
 シェーラは緩慢な仕草で手を伸ばし、アーロンの頬に触れて、唇を触れ合わせた。
 おやすみなさい、と呟いて目を閉ざす。
 ほんの一瞬、アーロンはかすかに「ん……」と呻き声を上げ、目を閉ざしたままシェーラの口づけに応えながら、シェーラを抱き寄せる腕に力を込めた。

 その腕の中で、シェーラも深い眠りに落ちた。


 * * *


「あれ、団長も副団長もいなくないですか?」

 その夜、王宮で久しぶりに開かれた「親睦会」の席で、夜も深まった頃に誰かが声を上げた。
 すぐに、何人かが口々に答える。

「さすがのアーロン様でも、あれだけ魔法使ったら倒れるって。シェーラ副団長も無理しているっぽかったし、ここは休ませてあげるのが人情というもの」
「いや、休んでるかな? 新婚だぞあの二人」

 冗談めかして言った誰かの言葉をきっかけに、笑い声が上がる。中には「本気で好きだったのに!」「副団長!」「団長!」と失恋に泣く騎士団員や、魔術師団員の姿もあった。
 一向に終わらない気配の酒宴を、酒に手を付けないでぼーっと見ていたエリクとユリウスは、隅でジュースを飲みつつ顔を見合わせる。
 騒ぐ団員たちを横目に、ユリウスが確認するようにエリクに尋ねた。

「騎士団長と魔術師団(うち)の副団長もいない……よね?」

 それを受け止めたエリクは、顔をほころばせて答えた。
 あっちはあっちで、うまくいくといいね! と。


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