生物と、似つかわない双子の間で。


授業が終わり、また塾の横の公園で絢斗先生を待った。

ベンチに座りボーっとしていると、思い出す坂本先生。
あの、乱暴なキス。

「……」

あの後、唇を何度も洗って拭いたけれど。
それでもまだ気になるし、何より不快感が残っている。


「ゆきちゃん、お待たせ…………また、泣いてる」
「絢斗先生…。泣いてないよ」
「じゃあこれは何よ…」

先生は私の目元に指を添えて、そっと涙を拭ってくれた。

「何だろうね」
「ゆきちゃん…」

差し出された先生の手を握り、ベンチから立ち上がる。

「先生、2人きりで話せる場所に行こう。誰もいないところがいい」
「うちは、ダメ?」
「…さ………弟さんもいない方が良い」

危ない…。
坂本先生って言いそうになった。

まぁ、今からその話をするのだから別に良かったのかもしれないけれど。

「…うん、分かったよ。なら、ご飯を食べに行こうか。個室のお店を知っているんだ」
「……先生、ありがとう」


絢斗先生と手を繋ぎ、駅から少し離れたお店に来た。
こぢんまりとした個人経営の和食屋さんだ。

通された個室には4人掛けテーブルが置かれている。
私は先生の向かいには座らず、隣に座った。

料理はお店のお任せで注文をする先生。
手慣れたようなその様子に、また心拍数が上がる。


「ゆきちゃん、苦手な物とかある?」
「ううん、無いよ」
「良かった」


暫く他愛のない話をして過ごした。
そして料理が全て揃って、ある程度食事を進めた後、絢斗先生は私に話題を振ってくる。


そんな優しさに、また胸が熱くなった。


「さて、ゆきちゃん。お話、聞くよ」
「…うん」


どこから話せば良いか悩み、言葉が出てこない。

「………」

考えていると、先生はそっと手を握ってくれた。


…先生の手、温かい…。


「…弟の、唯斗さんのことなんだけど」
「ん、唯斗?」


予想外の名前に驚いた様子の先生。



不安。
だけど…大丈夫。

これさえ切り出せば…後は流れでいける…。



「唯斗さん…というか、…坂本先生。私の学校の、生物担当なんだ」
「………え?」
「私、絢斗先生に生物の先生について沢山話してきたけれど。あれ全て…坂本先生のことなの」
「……」

一点を見つめたまま固まってしまった絢斗先生。
私はそのまま、言葉を継ぐ。

「授業が分かりにくくて、態度も口も悪くて。私に授業の評価をさせていた…生物の、先生。…絢斗先生の家に行った時、一瞬で気付いたんだけど…。坂本先生は言って欲しくなさそうだったから。…知らないフリをした」

「…でね、今日も放課後、坂本先生に呼ばれたの。それでね………それで…」

声も体も震え、涙が零れてくる。
思わず、絢斗先生の服にしがみついた。

「…ゆきちゃん。大丈夫、全て受け止めるから。話して」
「…うん」

また、優しく頭を撫でてくれる。

「…坂本先生にね、キスされたの。逃げられないように押さえられて…酷く、乱暴なキス。絢斗先生と…どっちが良いか、試してみろって」
「え…」

早口で淡々と言い放つ。
心拍数が上がりすぎて、心臓が痛い…。

「…私ね、凄く嫌だった。絢斗先生の弟だから。こんなこと言うのは気が引けるけれど。…嫌で、不快で…気持ち悪かった」

「お兄さんを取られたという嫉妬と、私に対する生徒以上の感情…って言っていたんだけど。…悪いけど、私…坂本先生に好かれるようなことをした覚えが無いし、例えそれが本当だとしても、それは坂本先生にキスをされる理由にはならない」

絢斗先生は険しい表情をし、震えながら私を強く抱きしめた。

「ごめんね…ゆきちゃん…。ごめん、唯斗…そんな感じだとは知らなかった」
「…思ったけど、絢斗先生の前での坂本先生って…別人みたいだよ。学校での様子とは、大違い」

態度が悪く、口も悪い。生徒の対応も悪い。

「学校では、冷酷先生って呼ばれているよ。坂本先生と会話をしたら理科の成績が下がるというジンクスもある。私の部活の顧問も、坂本先生が笑っているのを見たことがないって言ってるし」

「…私、分からないんだ。絢斗先生の前では笑えるし、穏やかそうに会話もできるのに。何で学校ではあんな感じなのか」

抱きしめたまま離れない先生。
表情は見えないけれど、震え続けている体が心情を表している。

「唯斗、前任校で授業崩壊させたんだ。どこの学校か知らないけれど、穏やかで優しかった唯斗につけ込んで、生徒が大荒れしたらしい」

「そして、その翌年に異動になって、そこでは上手くやれていると言っていた。……多分それが、ゆきちゃんの知っている唯斗であり、唯斗自身はそうやって心を守って来たのだと思う。…ここまで酷いとは思ってもいなかったけれど…」

坂本先生。
元々あんな感じだったわけでは無いんだ…。

だからと言って、同情するわけではないけれど。




食事をして、散々話し合った私たちは、絢斗先生の家に向かうことにした。

「唯斗と…ちゃんと話さなきゃ」

それは私も絢斗先生に同意。

絢斗先生の…弟、だから…。
ちゃんとしたい。



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