生物と、似つかわない双子の間で。
家
「岩田由紀乃」
「…はい」
「今日もやるぞ」
「……」
相変わらず続いている、坂本先生の授業評価。
私が何を言っても次の授業に反映している様子は無い。
只々、私が評価をしているだけ。
それを受け入れようとしないならば、こんなことやるだけ無駄だ。
「坂本先生」
「あ?」
「無駄だと思います。私の言ったことを参考にしないなら、無駄です。この時間」
「………なんだと」
眉間に皺を寄せながら近付いてくる坂本先生。
先生は壁に手を付き、体と壁の間に私を挟んだ。
「お前が無駄に感じるか感じないかでは無いんだよ。俺がやりたいからやる。それ以上も以下も無い。お前は黙って俺の言うことを聞いとけ」
「……」
……それが人に頼む台詞なの?
本当に態度が悪すぎて引く。
私は先生と壁の間に隙間を見つけ、そこから抜け出した。
「坂本先生が何でそんな態度なのか、私の知ったことではありませんけれど。本当に改めた方が良いと思います。…生徒にこんなこと言わせないで下さい」
「うるせぇ。黙っとけよマジで」
坂本先生は軽く舌打ちをして溜息をついた。
…本当に嫌だ。坂本先生。
「りっちゃん、坂本先生の授業評価…代わらない?」
「え、まだやってたの?」
授業の合間の休憩時間。
りっちゃんにひたすら愚痴を零す。
本当に嫌なんだけど。
坂本先生。
いつ解放されるのか、全く目途が立たないし。
「これをやることで、坂本先生の授業が改善されるなら良いよ? けどさ、全然改善されていないじゃん。やるだけ無駄だと思って」
「確かに…」
「しかも、態度もあんな感じじゃん? おかしいよね、それが人にものを頼む態度かっていつも聞いているのよ」
何だか、思い出すだけで苛立ってきた。
折角今日は生物の授業が無いのに。
「…まぁ、由紀乃。あまり本気で頑張りすぎる必要も無いと思うよ。冷酷先生がそんな態度なら、由紀乃もそれなりの対応をすれば良いんだから!」
「そうだけど…」
それは分かっているんだけど。
やるからにはしっかりとやりたい気もするし。
…難しい。
「ところで、冷酷先生とは会話してる?」
「……え。また、ジンクスの話?」
「そう! もし会話していたら、次のテストで由紀乃の点数がどれだけ下がるか見てみたいの!」
「………」
坂本先生とのやり取りを思い返す。
会話。
といえば会話かも。
最近は問いかけに対してきちんと返事が返ってくることがある。
「会話は…しているかも。でも、私には絢斗先生がいるから。下がらない自信がある。ジンクスって、今も信じていないし」
……けれど、本当に下がったらどうしよう。
りっちゃんがあまりにも言うから。正直、不安も少し。
「本当に下がるかな?」
「だから、それを確かめたいの!」
りっちゃん…他人事だと思って楽しんでいるとしか思えないのだが…。
「………」
考えすぎて、思わず黙り込んでしまった。
「まぁ由紀乃…ごめん、悩み過ぎないことよ。なるようにしかならないから。…ほら、ほら…大好きな絢斗先生を思い浮かべてごらん…」
「………いや、悩み過ぎないことって…そっちから言ってきたんだけどね」
とか言いつつ。
りっちゃんのその一言に乗せられ、自然と頬が緩む私。
単純極まりない。
「…今日ね、塾が終わった後…絢斗先生の家に行くんだ」
「えぇ、そうなの!?」
「絢斗先生は弟さんと2人暮らしみたいで、弟がいるかもとは言われているけれど。会えるのが少し楽しみなんだ。先生に似て、カッコよくて優しいかも」
そう言うと、りっちゃんは目をギラギラさせ始めた。
「ちょ、由紀乃。弟の方、良さげだったら私に紹介して!!!」
「…出た…」
りっちゃんたら。
男のことになると、いつもこれだ。
何かとチャンスがあればすぐに手を伸ばしてくる。
ただ、成功したことは一度も無いが。
「…まぁ、会うかどうかも分からないけどね。もし会ったら考えとくわ」
「絶対ね!」
りっちゃんは笑顔で私の両手を掴んで、上下に激しく振った。