生物と、似つかわない双子の間で。
「ゆきちゃん、お待たせ」
「…絢斗先生」
今日もいつも通り塾に向かい、半個室で絢斗先生の授業を受けた。
あくまでも、勉強は勉強。
お付き合いはお付き合い。
そして授業終了後、私は絢斗先生が出てくるのを隣の公園で待っていた。
「行こうか」
「うん」
今日は自転車を駅前の駐輪場に置いて来た。
差し出された絢斗先生の手をそっと握り返す。
先生の手は、今日も温かい…。
電車に乗り、2駅先の駅で降りる。
ここが、絢斗先生の最寄り駅か…。
そこから10分弱歩くと、比較的新しいアパートに辿り着いた。
「ここの2階だよ」
扉の前に立ち、鍵を開けようとする。
しかし、鍵は既に開いているようだ。
「あ、弟が帰って来ているみたい。ちょっと待ってて」
絢斗先生は扉を開けたまま中に入って行った。
「……」
残された私は、インターホンの上に設置されている表札に目を向ける。
『坂本』と書いてあった。
「…………」
中から絢斗先生と弟の会話が聞こえてくる。
その会話を聞くに、先生は今日私が来ることを弟に言っていなかったようだ。
「え、兄貴…いつ彼女作ったんだよ! 連れてくるなら先にそう言っといてよ~…」
「ごめん、ごめん! 唯斗にサプライズをしたくて」
「そんなこと望んでないし! えぇ~…ていうか、兄貴…俺だけの兄貴じゃ無くなるってこと…?」
「何を言っているの。唯斗の兄貴は、いつまでも僕だけでしょ。唯斗は唯斗。彼女は彼女だから」
……唯斗。
………坂本、唯斗?
聞き覚えのある名前。
だけど、聞き馴染みのない、その喋り方。
そのどちらもが、私の記憶と結びつかない。
「ゆきちゃん、お待たせ。どうぞ」
「…お邪魔します」
微笑んでいる絢斗先生の後ろに立っている弟。
その人は、私の姿を見て目を見開く。
そして急いでどこかに行き、紙とペンを持って来て殴り書きをした。
『オレのこと、しらないフリしろ!』
「………」
「ん、唯斗。どうした?」
「…あ、いや。何も。…彼女さん、いらっしゃい。初めまして。…高校生?」
『弟』は絢斗先生が振り向くと同時に、殴り書きをした紙を瞬時に隠して、ニコニコと微笑んだ。
……間違いない。
学校の生物教師、坂本唯斗先生だ。
「唯斗。僕の彼女、岩田由紀乃さんだよ」
「………は、初めまして…」
ぎこちなく会釈をして、坂本先生から速攻視線を外す。
…この上なく、気まずい。
「…あ…絢斗先生って、坂本って苗字だったんだね」
「あれ、言ってなかったっけ? そう。坂本絢斗って言います。って、今更過ぎるね」
絢斗先生に背中を軽く押され、リビングに通される。
坂本先生は不自然な笑顔を浮かべたまま、ダイニングチェアに腰を掛け、私と絢斗先生は、ソファに向かった。
「彼は、弟の唯斗。僕達、双子なんだ」
「双子!?」
「昔は瓜二つだったけど、最近はそれぞれ個性が出てきているから。見分けが簡単に付くようになったって言われるよ」
「…そうなんだ」
見た目はそうかも知れないけれど。
中身は違い過ぎない!?
2人の性格は天と地くらい差がある。
「唯斗はね、高校の教師をしているよ。僕と同じ、理科なんだ。ただ、どこの学校に勤務しているかは…全然教えてくれないんだけどね」
「……それは、兄貴が塾の講師をしているから。俺の教え子が兄貴の教え子でもあると…気まずいじゃん。同じ理科だし」
「まぁ、そうだね。双子でも知らなくて良いこともあるし」
「……」
…坂本先生。
その現象、既に起きておりますね…。
チラッと横目で坂本先生の方を見る。
すると、瞬時に眉間に皺を寄せて睨まれた。
……怖い。
けど、そうか。
この状況、私が坂本先生の教え子であることを知らないのは、絢斗先生だけなんだ…。
「唯斗はこの後、出掛けるんだっけ?」
「…あ…うん。友達とご飯食べに行くよ…」
「分かった。じゃあ、僕は部屋に行くから。気を付けてね。…ゆきちゃん、こっちおいで」
差し出された手を握り、ソファから立ち上がる。
絢斗先生に抱き寄せられながら、隣の部屋に向かった。