【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~【書籍化+コミカライズ準備中】
16 嫌なことを思いだしてしまいました
――あなたに夜会用のドレスを贈らせてください
そう言ってくれたテオドール様は本当に私にドレスを贈ってくださるそうです。
「シンシア様がお気に入りの服飾士か店はありますか?」
「あ、それはですね……」
王都とは違いバルゴア領にはドレスだけを専門で売っているようなお店はありません。
なので、城内に服飾士を数人かかえていて、その人たちに作ってもらうしか選択肢がないのです。
「そうなのですね。では、服飾士に頼みましょう」
私の部屋に呼ばれた服飾士たちは、ニコニコを通り越して、みんなニヤニヤしています。
「シンシア様が夜会に出られるなんて久しぶりですね」
「張り切ってしまいますなぁ」
「本当に。大きくなられましたねぇ」
みんな子どものころから私の服を作ってくれているので、会話が親戚のおじさんやおばさんのようです。
テオドール様は『バルゴアは田舎ではない』と言ってくれましたが、こういうところを見ると田舎な気がしてしまいます。
でも、前より田舎であることを恥ずかしいと思う気持ちが減ったような?
それは、きっとテオドール様のおかげですね。
女性服飾士がパーテーションの後ろで私の身体のサイズを測っています。
その間に他の服飾士がテオドール様に「どのようなドレスにしますか?」と尋ねました。
「それはシンシア様に。シンシア様がほしいドレスを作って下さい」
その言葉を聞いた私は胸があたたかくなりました。
誰かさんとは大違いです……ん? 誰かさん?
知らない誰かさんの声が聞こえてきます。
『なんだそのダサいドレス! 田舎者なんだからお前は俺が選んだ服だけ着ろよ!』
少しずつ開けてはいけない扉が開いてしまっています。
この扉を私は開きたくないです。思い出さないように、必死に目の前のことに集中しました。
採寸が終わり次はドレスの形や色を決めていきます。テオドール様と並んでソファーに座りドレスのデザインを見ます。
「どれにしようかな……」
チラリとテオドール様を見ると、優しい笑みを浮かべて私を見ていました。
「シンシア様は、どんなドレスでもお似合いですよ」
そんなことまで言ってくれます。すごく嬉しいのに、また嫌な声が聞こえてきます。
『お前は本当にセンスないな! 何を着ても一緒だ! しょせん田舎者だからな』
やめて……。それは、思い出したくないの。
ドレスのことをあらかた決めると服飾士たちは部屋から出ていきました。
テオドール様も休憩が終わり、仕事に戻らないといけない時間です。
私は一生懸命、笑顔を作りました。
「テオドール様、今日はありがとうございました」
テオドール様との時間は大好きですが、今は早く部屋から出ていってほしいです。
じゃないと――。
テオドール様の手が私の頬にふれました。
「どうして、泣きそうな顔をしているのですか?」
そういうテオドール様は苦しそうな顔をしています。
「もしかして、私がシンシア様を不快にするようなことを?」
「ち、ちが……」
私の脳裏に、偉そうな男の子が私のメイドを叩いている様子が浮かびました。
それを見た私は泣きながらやめるようにお願いしても男の子はやめてくれません。
ああ……思い出してしまった……。
テオドール様があまりに素敵で私の理想の男性だったことにより、その真逆の人のことを思い出してしまうなんて……。
あれは幼い私が城内に咲いていたシロツメ草畑でメイド達と花冠を作って遊んでいたときのこと。
私より少し年上の男の子が近づいてきました。青い髪なんて初めてみました。
彼は隣国から来ていた男の子です。離れたところには、男の子の護衛騎士たちがいます。
男の子は、私の側に座りました。
「何をしている?」
私は作りかけの花冠を見せました。男の子は「へたくそだな」とバカにしてきます。
だから、私は上手に作れる指輪を作りました。
そして男の子に見せてあげます。
「ふーん」と言いながら男の子はシロツメ草の指輪を手に取ります。
「おい、手を出せ」
私は言われるままに両手を出しました。
「違う! 左手だ」
素直に左手を出すと男の子は私の左手の薬指にシロツメ草の指輪をはめます。
「妻にしてやる。俺の国に一緒に来い」
私は「ムリだよ」と断りました。
「どうしてだ!?」
男の子の目は吊り上がっています。
「だって、私は大人になったら王都にお婿さんを探しに行くの。それで、バルゴアに来てもらって結婚するから」
男の子の国に行くことはできません。
断られたことによほど腹が立ったのか立ち上がった男の子が、私につかみかかろうとしました。
側にいたメイドが私を守るように抱きしめます。そのとき、男の子にぶつかってしまい、男の子は尻もちをつきました。
「シンシア様、大丈夫ですか!?」
「う、うん」
男の子の護衛騎士たちがこちらにかけてきます。
尻もちをついた男の子は、手をケガしていました。ケガといっても、転んで少し擦りむいただけです。
男の子が「こいつに突き飛ばされた!」と私のメイドを指さしました。
護衛騎士たちの顔が怖くなります。
「これはいったいどういうことだ!? この方を誰だと思っている?」
護衛騎士たちがメイドに向かって怒鳴っています。
私のメイド達は、地面に両膝をついて、一斉に男の子に向かって頭を下げました。
「ちがうの、彼女たちは悪くない! その子が……」
幼い私の言葉なんて誰も聞いてくれません。
男の子が私のメイドを叩きました。護衛騎士たちも剣に手をかけています。
「やめて!」
泣いてとめてもやめてくれません。力任せに叩かれているメイドの口元が切れて血が出ています。
「やめて! なんでもするから、もうやめて!」
男の子はようやくやめてくれました。
そのとき、騒ぎを聞きつけたバルゴアの騎士たちが駆けつけてくれました。
両国の騎士たちがもめています。
男の子の護衛騎士が、私のメイドが急に男の子を突き飛ばしてケガをさせたから、メイドの身柄を渡せと言っています。
「ち、ちが……」
そのとき男の子が私の耳元でささやきました。
「メイドを処刑されたくなかったら、俺の言うことを聞け」
「わ、わかった。なんでも聞くから、もうやめて……お願い」
「このことは誰にも言うなよ。言ったらお前のメイドを殺すからな」
必死にうなずく私を見て、満足そうに男の子は笑いました。
その後、男の子は「突き飛ばされていない。勘違いだった。自分で転んだだけだ」と言ってその場を収めてくれました。
お互いの騎士たちは、納得がいっていなさそうです。
そのあと、すぐに両親が私に会いに来てくれましたが、私は約束通り何も言いませんでした。
お父様に「メイドから聞いている。向こうが先にシンシアにつかみかかろうとしたんだろう?」と言われましたが、私は黙っていました。
今なら、あのときすべて話してしまえばすぐに解決したとわかります。でも子どもだった私は『言えばメイドを殺される』と本気で思っていました。
結局、当事者である私が黙ってしまったため、この件はあやふやになりました。今思えば、父の過保護がはじまったのは、このときからかもしれません。
それまで、城内では護衛はついていなかったけど、次の日からバルゴアの騎士がどこに行くにも私の護衛としてついてくるようになりました。
なんでも言うことを聞くと約束させられた私は、男の子に無理やり連れまわされました。
強くつかまれた腕がすごく痛かったのを覚えています。
バルゴアの騎士が近くにいるせいか、乱暴をされることはなくなりました。
でも、一緒にいる間、男の子は周囲の大人たちに聞こえないような小声で悪口を言ってきます。バルゴアがいかに田舎なのか、そこに住んでいる私が田舎者でどれほど恥ずかしい存在なのか。
心配した大人たちにいろいろ聞かれましたが、私は「な、仲良くなった」としか言えませんでした。
男の子がバルゴアから去る日、私はとても嬉しかったです。
そんな私の耳元で男の子がささやきます。
「いいか、田舎者は大人しくしていろ! お前を選んでくれる男なんかいないんだからな!」
必死にうなずく私の頬に、男の子はキスをしました。
こわくて涙がでました。そして、部屋に戻った私は気持ち悪くて吐いたのでした。
その男の子は、友好国レイムーアの第三王子です。あとで知ったのですが、青い髪はレイムーアの王族の証しだとか。
その事件をきっかけに、私はレイムーアからバルゴアに来る人達を徹底的に避けるようになりました。
そして、自分を守るためにつらい記憶にカギをかけて、いつの間にかすっかり忘れてしまっていたのです。
そう言ってくれたテオドール様は本当に私にドレスを贈ってくださるそうです。
「シンシア様がお気に入りの服飾士か店はありますか?」
「あ、それはですね……」
王都とは違いバルゴア領にはドレスだけを専門で売っているようなお店はありません。
なので、城内に服飾士を数人かかえていて、その人たちに作ってもらうしか選択肢がないのです。
「そうなのですね。では、服飾士に頼みましょう」
私の部屋に呼ばれた服飾士たちは、ニコニコを通り越して、みんなニヤニヤしています。
「シンシア様が夜会に出られるなんて久しぶりですね」
「張り切ってしまいますなぁ」
「本当に。大きくなられましたねぇ」
みんな子どものころから私の服を作ってくれているので、会話が親戚のおじさんやおばさんのようです。
テオドール様は『バルゴアは田舎ではない』と言ってくれましたが、こういうところを見ると田舎な気がしてしまいます。
でも、前より田舎であることを恥ずかしいと思う気持ちが減ったような?
それは、きっとテオドール様のおかげですね。
女性服飾士がパーテーションの後ろで私の身体のサイズを測っています。
その間に他の服飾士がテオドール様に「どのようなドレスにしますか?」と尋ねました。
「それはシンシア様に。シンシア様がほしいドレスを作って下さい」
その言葉を聞いた私は胸があたたかくなりました。
誰かさんとは大違いです……ん? 誰かさん?
知らない誰かさんの声が聞こえてきます。
『なんだそのダサいドレス! 田舎者なんだからお前は俺が選んだ服だけ着ろよ!』
少しずつ開けてはいけない扉が開いてしまっています。
この扉を私は開きたくないです。思い出さないように、必死に目の前のことに集中しました。
採寸が終わり次はドレスの形や色を決めていきます。テオドール様と並んでソファーに座りドレスのデザインを見ます。
「どれにしようかな……」
チラリとテオドール様を見ると、優しい笑みを浮かべて私を見ていました。
「シンシア様は、どんなドレスでもお似合いですよ」
そんなことまで言ってくれます。すごく嬉しいのに、また嫌な声が聞こえてきます。
『お前は本当にセンスないな! 何を着ても一緒だ! しょせん田舎者だからな』
やめて……。それは、思い出したくないの。
ドレスのことをあらかた決めると服飾士たちは部屋から出ていきました。
テオドール様も休憩が終わり、仕事に戻らないといけない時間です。
私は一生懸命、笑顔を作りました。
「テオドール様、今日はありがとうございました」
テオドール様との時間は大好きですが、今は早く部屋から出ていってほしいです。
じゃないと――。
テオドール様の手が私の頬にふれました。
「どうして、泣きそうな顔をしているのですか?」
そういうテオドール様は苦しそうな顔をしています。
「もしかして、私がシンシア様を不快にするようなことを?」
「ち、ちが……」
私の脳裏に、偉そうな男の子が私のメイドを叩いている様子が浮かびました。
それを見た私は泣きながらやめるようにお願いしても男の子はやめてくれません。
ああ……思い出してしまった……。
テオドール様があまりに素敵で私の理想の男性だったことにより、その真逆の人のことを思い出してしまうなんて……。
あれは幼い私が城内に咲いていたシロツメ草畑でメイド達と花冠を作って遊んでいたときのこと。
私より少し年上の男の子が近づいてきました。青い髪なんて初めてみました。
彼は隣国から来ていた男の子です。離れたところには、男の子の護衛騎士たちがいます。
男の子は、私の側に座りました。
「何をしている?」
私は作りかけの花冠を見せました。男の子は「へたくそだな」とバカにしてきます。
だから、私は上手に作れる指輪を作りました。
そして男の子に見せてあげます。
「ふーん」と言いながら男の子はシロツメ草の指輪を手に取ります。
「おい、手を出せ」
私は言われるままに両手を出しました。
「違う! 左手だ」
素直に左手を出すと男の子は私の左手の薬指にシロツメ草の指輪をはめます。
「妻にしてやる。俺の国に一緒に来い」
私は「ムリだよ」と断りました。
「どうしてだ!?」
男の子の目は吊り上がっています。
「だって、私は大人になったら王都にお婿さんを探しに行くの。それで、バルゴアに来てもらって結婚するから」
男の子の国に行くことはできません。
断られたことによほど腹が立ったのか立ち上がった男の子が、私につかみかかろうとしました。
側にいたメイドが私を守るように抱きしめます。そのとき、男の子にぶつかってしまい、男の子は尻もちをつきました。
「シンシア様、大丈夫ですか!?」
「う、うん」
男の子の護衛騎士たちがこちらにかけてきます。
尻もちをついた男の子は、手をケガしていました。ケガといっても、転んで少し擦りむいただけです。
男の子が「こいつに突き飛ばされた!」と私のメイドを指さしました。
護衛騎士たちの顔が怖くなります。
「これはいったいどういうことだ!? この方を誰だと思っている?」
護衛騎士たちがメイドに向かって怒鳴っています。
私のメイド達は、地面に両膝をついて、一斉に男の子に向かって頭を下げました。
「ちがうの、彼女たちは悪くない! その子が……」
幼い私の言葉なんて誰も聞いてくれません。
男の子が私のメイドを叩きました。護衛騎士たちも剣に手をかけています。
「やめて!」
泣いてとめてもやめてくれません。力任せに叩かれているメイドの口元が切れて血が出ています。
「やめて! なんでもするから、もうやめて!」
男の子はようやくやめてくれました。
そのとき、騒ぎを聞きつけたバルゴアの騎士たちが駆けつけてくれました。
両国の騎士たちがもめています。
男の子の護衛騎士が、私のメイドが急に男の子を突き飛ばしてケガをさせたから、メイドの身柄を渡せと言っています。
「ち、ちが……」
そのとき男の子が私の耳元でささやきました。
「メイドを処刑されたくなかったら、俺の言うことを聞け」
「わ、わかった。なんでも聞くから、もうやめて……お願い」
「このことは誰にも言うなよ。言ったらお前のメイドを殺すからな」
必死にうなずく私を見て、満足そうに男の子は笑いました。
その後、男の子は「突き飛ばされていない。勘違いだった。自分で転んだだけだ」と言ってその場を収めてくれました。
お互いの騎士たちは、納得がいっていなさそうです。
そのあと、すぐに両親が私に会いに来てくれましたが、私は約束通り何も言いませんでした。
お父様に「メイドから聞いている。向こうが先にシンシアにつかみかかろうとしたんだろう?」と言われましたが、私は黙っていました。
今なら、あのときすべて話してしまえばすぐに解決したとわかります。でも子どもだった私は『言えばメイドを殺される』と本気で思っていました。
結局、当事者である私が黙ってしまったため、この件はあやふやになりました。今思えば、父の過保護がはじまったのは、このときからかもしれません。
それまで、城内では護衛はついていなかったけど、次の日からバルゴアの騎士がどこに行くにも私の護衛としてついてくるようになりました。
なんでも言うことを聞くと約束させられた私は、男の子に無理やり連れまわされました。
強くつかまれた腕がすごく痛かったのを覚えています。
バルゴアの騎士が近くにいるせいか、乱暴をされることはなくなりました。
でも、一緒にいる間、男の子は周囲の大人たちに聞こえないような小声で悪口を言ってきます。バルゴアがいかに田舎なのか、そこに住んでいる私が田舎者でどれほど恥ずかしい存在なのか。
心配した大人たちにいろいろ聞かれましたが、私は「な、仲良くなった」としか言えませんでした。
男の子がバルゴアから去る日、私はとても嬉しかったです。
そんな私の耳元で男の子がささやきます。
「いいか、田舎者は大人しくしていろ! お前を選んでくれる男なんかいないんだからな!」
必死にうなずく私の頬に、男の子はキスをしました。
こわくて涙がでました。そして、部屋に戻った私は気持ち悪くて吐いたのでした。
その男の子は、友好国レイムーアの第三王子です。あとで知ったのですが、青い髪はレイムーアの王族の証しだとか。
その事件をきっかけに、私はレイムーアからバルゴアに来る人達を徹底的に避けるようになりました。
そして、自分を守るためにつらい記憶にカギをかけて、いつの間にかすっかり忘れてしまっていたのです。