【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~【書籍化+コミカライズ準備中】
21 ゴミはきれいに片づけるべき【テオドール視点】
逃げるように去っていくシンシア様を、私はすぐに追いかけようとした。
王都から来たメイドと会っているのは、事実であり事実ではない。そのメイドの正体は、王女殿下を守っていたカゲだからだ。
守りの堅いバルゴア城内に侵入できなかったため、メイドに扮して私に接触したらしい。
私が王女殿下の婚約者だったときに、カゲとは何度も会っている。
カゲは命がけで王族を守るのが仕事なので、護衛対象である王族とは話さないという掟(おきて)がある。しかし、それ以外の者とは普通に話していた。
背が低く、声も高かったので黒ずくめの中身は少年かと思っていたが、まさか女性だったとは。
このカゲとは、王女殿下がやらかした後始末で何度か協力したことがある。いわば、彼女は前の職場の同僚だ。
カゲの主(あるじ)は王女殿下ではなく国王陛下でもない。カゲを統率して代々王族を守っている一族がいるが、それがどの貴族なのかは隠されている。
私が王女殿下と婚姻して王配になれば、その正体が明らかになっていただろうが、今となっては生涯知ることはないし、知りたいとも思わない。
そんなカゲがバルゴア領まで来て私に接触してきたので、当初は警戒した。
しかし、私の部屋に来たカゲから敵意のないことを聞かされた。
「我が主(あるじ)の判断をお伝えします」
――テオドール様は王家に必要な人物です。できれば王都にもどっていただきたい。しかし、バルゴア領に行ったとしても、私たちはあなたとこれからも友好な関係を続けることを望んでいます。
「とのことです」
その言葉を聞いた私は『その判断が下されたのは、私を助けたのがシンシア様で逃げた先がバルゴア領だからだ』と気がついた。
もし、バルゴア領以外に逃げていたら私の意思など関係なく、無理やり王都に連れもどされていたかもしれない。
私は相手の意思を探るように「それだけを伝えに、わざわざここまで追ってきたのですか?」と尋ねた。
メイドに扮(ふん)したカゲは、ゆるゆると首をふる。
「いいえ、もうひとつお伝えすることがあります。王女殿下にあなた様を殺すように言われました。殺すまで帰ってくるなとのことです」
その言葉を聞いても、私は何も感じなかった。今さら王女殿下に何を思われてもかまわない。王女殿下だけではない。シンシア様以外のだれに何を思われてもいい。
それにあの王女殿下では、私の命を奪うことはできない。その証拠に命令したカゲは、その命令に従っていない。そもそも自身を守るためのカゲを暗殺に使おうとすること自体、間違っている。
カゲは「そのことが原因で王女殿下の側付きを外されました。我が主(あるじ)からの指示で、これからはテオドール様をお守りするように、とのことです」と淡々と語る。
「そちらの事情はわかりました。護衛をしていただくのはありがたいですが、私への要求はなんですか?」
もしバルゴア領の情報を王都に流せということなら、手を組むことはできない。ほんのわずかでもシンシア様の害になる可能性があるのなら排除しておかなければ。
「主(あるじ)からの要求はありません。万が一に備えて、とのことです」
「万が一……」
それは『万が一、バルゴアが王都に攻め入って、王家が滅んでしまうことに備えて』という解釈であっているのだろうか?
カゲやその主を完全に信じるわけではないが、ここで下手に断るよりはうまく利用するほうがお互いのためになりそうだ。
そういうわけで手を組むことになったが、私からカゲにあるお願いをした。
「部屋には来るな、ですか?」
不思議そうなカゲに私はうなずく。
「あなたは今、カゲではなく新人メイドとしてここにいます。そんなあなたが夜遅くに私の部屋を訪ねると問題があるでしょう」
もし誰かに見られて、私が新人メイドを部屋に呼びよせているなんてウワサでも出まわったら……。さらに、そのウワサがシンシア様のお耳に入りでもしたら……。
想像するだけで胃が痛くなる。シンシア様に軽蔑されるくらいなら、いっそのこと死んでしまいたい。
カゲが「ならば、バルゴア領で疑われないために恋人を装(よそお)いますか?」とあり得ない提案をしてきたので、即断った。
「私はシンシア様を愛しています。今はまだ友人としか思われていませんが、どんな手を使ってでも必ず婚約者になってみせる。その邪魔をするなら、誰であろうと許さない」
私が殺気を込めて睨みつけると、カゲはわずかに視線をそらしゴクリとツバを飲み込んだ。
「……差し出がましいことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「お気になさらず。こちらの事情を知らなかったのでしょう? そういうことなので、私の邪魔だけはしないように」
コクコクと必死にうなずいてからカゲは去っていった。それからは、カゲとできるだけ直接会わないように情報交換をしていた。
カゲはとても優秀で、シンシア様が幼いころに親しくしていた王子がレイムーアの第三王子だと突き止めた。それから、第三王子に婚約者がいることや、婚約者とうまくいっていないことなども教えてくれた。
それならば、なんの問題もないと思っていたが、第三王子が連絡もなく乗り込んできたことで事態は急変した。
カゲとの手紙でのやりとりに限界を感じて、人目を避けて深夜の庭園で会っていたところをまさか第三王子に見られるなんて。しかも、それをシンシア様に知られるなんて。
一生の不覚だった。動揺しすぎて、まともな言いわけすらもできなかった。
早くシンシア様を追いかけてすべて説明しなければ。それなのに、今、私の前にはレックス殿下の護衛騎士が立ちふさがっている。
「テオドール様、お話があります」
「今は急いでいます」
護衛騎士の横を通り過ぎるときに、「愛する人にまとわりつくゴミが、目障りではありませんか?」と言われた。
振りかえると、護衛騎士はまっすぐこちらを見ていた。その瞳の奥には、ゾッとするような暗い炎がゆらめいている。
きっとシンシア様がレックス殿下と踊っているとき、私もこういう目をしていただろう。
思わず立ち止まってしまった私の腕を護衛騎士が力強くつかんだ。
「本当なら、レックス殿下の婚約者マリア嬢は、俺と婚約する予定だったのです。それを王家が無理やり横やりを入れてきて」
護衛騎士は、ギリッと歯を噛みしめた。
「せめてレックス殿下がマリア嬢を大切にしてくれるのならあきらめもつきました。だが、あのゴミはマリア嬢を大切にするどころか暴言を吐いて無礼な態度をとり続けています。挙句の果てには、婚約者のある身でバルゴア辺境伯のご令嬢を口説くなんて!」
「あなたは、どうして憎い男の護衛をしているのですか?」
公爵令嬢であるマリア様の婚約者になれるくらいだから、この護衛騎士もそれなりの高位貴族のはず。
視線をそらした護衛騎士は、「そうでもしないと、もう二度とマリア嬢に会えないから」と苦しそうに言う。
ああ、そうだった。 婚約者でもない男女が気軽に会うことはできない。
私だってシンシア様が別の男と婚約したら、もう顔を見ることすら叶わなくなる。
「テオドール様、マリア嬢があのゴミと婚約破棄できるように、俺に手を貸してください!」
私はつかまれていた腕を振り払った。
「婚約破棄? そんな生ぬるい対応では納得できません。二度とシンシア様の目の前に現れないように、ゴミはきれいに片づけないと」
パァと表情を明るくした護衛騎士と私は固い握手を交わした。
王都から来たメイドと会っているのは、事実であり事実ではない。そのメイドの正体は、王女殿下を守っていたカゲだからだ。
守りの堅いバルゴア城内に侵入できなかったため、メイドに扮して私に接触したらしい。
私が王女殿下の婚約者だったときに、カゲとは何度も会っている。
カゲは命がけで王族を守るのが仕事なので、護衛対象である王族とは話さないという掟(おきて)がある。しかし、それ以外の者とは普通に話していた。
背が低く、声も高かったので黒ずくめの中身は少年かと思っていたが、まさか女性だったとは。
このカゲとは、王女殿下がやらかした後始末で何度か協力したことがある。いわば、彼女は前の職場の同僚だ。
カゲの主(あるじ)は王女殿下ではなく国王陛下でもない。カゲを統率して代々王族を守っている一族がいるが、それがどの貴族なのかは隠されている。
私が王女殿下と婚姻して王配になれば、その正体が明らかになっていただろうが、今となっては生涯知ることはないし、知りたいとも思わない。
そんなカゲがバルゴア領まで来て私に接触してきたので、当初は警戒した。
しかし、私の部屋に来たカゲから敵意のないことを聞かされた。
「我が主(あるじ)の判断をお伝えします」
――テオドール様は王家に必要な人物です。できれば王都にもどっていただきたい。しかし、バルゴア領に行ったとしても、私たちはあなたとこれからも友好な関係を続けることを望んでいます。
「とのことです」
その言葉を聞いた私は『その判断が下されたのは、私を助けたのがシンシア様で逃げた先がバルゴア領だからだ』と気がついた。
もし、バルゴア領以外に逃げていたら私の意思など関係なく、無理やり王都に連れもどされていたかもしれない。
私は相手の意思を探るように「それだけを伝えに、わざわざここまで追ってきたのですか?」と尋ねた。
メイドに扮(ふん)したカゲは、ゆるゆると首をふる。
「いいえ、もうひとつお伝えすることがあります。王女殿下にあなた様を殺すように言われました。殺すまで帰ってくるなとのことです」
その言葉を聞いても、私は何も感じなかった。今さら王女殿下に何を思われてもかまわない。王女殿下だけではない。シンシア様以外のだれに何を思われてもいい。
それにあの王女殿下では、私の命を奪うことはできない。その証拠に命令したカゲは、その命令に従っていない。そもそも自身を守るためのカゲを暗殺に使おうとすること自体、間違っている。
カゲは「そのことが原因で王女殿下の側付きを外されました。我が主(あるじ)からの指示で、これからはテオドール様をお守りするように、とのことです」と淡々と語る。
「そちらの事情はわかりました。護衛をしていただくのはありがたいですが、私への要求はなんですか?」
もしバルゴア領の情報を王都に流せということなら、手を組むことはできない。ほんのわずかでもシンシア様の害になる可能性があるのなら排除しておかなければ。
「主(あるじ)からの要求はありません。万が一に備えて、とのことです」
「万が一……」
それは『万が一、バルゴアが王都に攻め入って、王家が滅んでしまうことに備えて』という解釈であっているのだろうか?
カゲやその主を完全に信じるわけではないが、ここで下手に断るよりはうまく利用するほうがお互いのためになりそうだ。
そういうわけで手を組むことになったが、私からカゲにあるお願いをした。
「部屋には来るな、ですか?」
不思議そうなカゲに私はうなずく。
「あなたは今、カゲではなく新人メイドとしてここにいます。そんなあなたが夜遅くに私の部屋を訪ねると問題があるでしょう」
もし誰かに見られて、私が新人メイドを部屋に呼びよせているなんてウワサでも出まわったら……。さらに、そのウワサがシンシア様のお耳に入りでもしたら……。
想像するだけで胃が痛くなる。シンシア様に軽蔑されるくらいなら、いっそのこと死んでしまいたい。
カゲが「ならば、バルゴア領で疑われないために恋人を装(よそお)いますか?」とあり得ない提案をしてきたので、即断った。
「私はシンシア様を愛しています。今はまだ友人としか思われていませんが、どんな手を使ってでも必ず婚約者になってみせる。その邪魔をするなら、誰であろうと許さない」
私が殺気を込めて睨みつけると、カゲはわずかに視線をそらしゴクリとツバを飲み込んだ。
「……差し出がましいことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした」
「お気になさらず。こちらの事情を知らなかったのでしょう? そういうことなので、私の邪魔だけはしないように」
コクコクと必死にうなずいてからカゲは去っていった。それからは、カゲとできるだけ直接会わないように情報交換をしていた。
カゲはとても優秀で、シンシア様が幼いころに親しくしていた王子がレイムーアの第三王子だと突き止めた。それから、第三王子に婚約者がいることや、婚約者とうまくいっていないことなども教えてくれた。
それならば、なんの問題もないと思っていたが、第三王子が連絡もなく乗り込んできたことで事態は急変した。
カゲとの手紙でのやりとりに限界を感じて、人目を避けて深夜の庭園で会っていたところをまさか第三王子に見られるなんて。しかも、それをシンシア様に知られるなんて。
一生の不覚だった。動揺しすぎて、まともな言いわけすらもできなかった。
早くシンシア様を追いかけてすべて説明しなければ。それなのに、今、私の前にはレックス殿下の護衛騎士が立ちふさがっている。
「テオドール様、お話があります」
「今は急いでいます」
護衛騎士の横を通り過ぎるときに、「愛する人にまとわりつくゴミが、目障りではありませんか?」と言われた。
振りかえると、護衛騎士はまっすぐこちらを見ていた。その瞳の奥には、ゾッとするような暗い炎がゆらめいている。
きっとシンシア様がレックス殿下と踊っているとき、私もこういう目をしていただろう。
思わず立ち止まってしまった私の腕を護衛騎士が力強くつかんだ。
「本当なら、レックス殿下の婚約者マリア嬢は、俺と婚約する予定だったのです。それを王家が無理やり横やりを入れてきて」
護衛騎士は、ギリッと歯を噛みしめた。
「せめてレックス殿下がマリア嬢を大切にしてくれるのならあきらめもつきました。だが、あのゴミはマリア嬢を大切にするどころか暴言を吐いて無礼な態度をとり続けています。挙句の果てには、婚約者のある身でバルゴア辺境伯のご令嬢を口説くなんて!」
「あなたは、どうして憎い男の護衛をしているのですか?」
公爵令嬢であるマリア様の婚約者になれるくらいだから、この護衛騎士もそれなりの高位貴族のはず。
視線をそらした護衛騎士は、「そうでもしないと、もう二度とマリア嬢に会えないから」と苦しそうに言う。
ああ、そうだった。 婚約者でもない男女が気軽に会うことはできない。
私だってシンシア様が別の男と婚約したら、もう顔を見ることすら叶わなくなる。
「テオドール様、マリア嬢があのゴミと婚約破棄できるように、俺に手を貸してください!」
私はつかまれていた腕を振り払った。
「婚約破棄? そんな生ぬるい対応では納得できません。二度とシンシア様の目の前に現れないように、ゴミはきれいに片づけないと」
パァと表情を明るくした護衛騎士と私は固い握手を交わした。