【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~【書籍化+コミカライズ準備中】
25 田舎者にはよくわかりません
初めての苦い失恋を味わった翌日。
私が目覚めると、なんだかバルゴア城全体がざわついていました。
何かあったのでしょうか?
私の髪をブラシでといてくれているメイドは困った顔をしています。
「よくわからないのですが、今朝になって事前連絡もなく、レイムーアの騎士を名乗る者達が数名訪ねてきたようで……」
「レイムーアの騎士が?」
レイムーアの騎士と言えば、幼いころにあったレックス殿下の護衛騎士を思い出してしまいます。
あの人達は、本当に感じが悪かったです。
「お父様はなんて?」
「それが、昨夜遅くにバルゴア領内に王都からの使者の一団が来たそうで、その対応に出向かれていて……」
「不在なのね。お母様は?」
「レイムーアの騎士達が本物か、交流会で来ているレイムーアの一団に確認が取れるまで、別室で待たせるように、と」
私はホッと胸をなでおろしました。
お父様がいなくても、お母様がいてくれたら心配ありません。
こういうときにお兄様がいてくれたら心強いですが、いないものは仕方ありません。
私の髪をとき終わったメイドに「今日はどういう髪型にされますか?」と聞かれたので、私はそのままでと伝えました。
今は急いでお母様に会いにいかなくては。
今までこういうことが起こったら、皆の邪魔をしないように私は部屋に籠っていました。
でも、レイムーアの交流会の準備を手伝ったときに、こんな私でもできることがあるとわかったのです。
だから、今回も何かできることがあるかもしれません。
自室から出てお母様の部屋へと向かう途中で、怒鳴り声が聞こえました。
「いつまで待たせる気だ!」
声のほうに行くと、レイムーアの騎士三人がバルゴア領のメイド達を怒鳴りつけています。
子どものころの記憶がよみがえり、心臓がドクンと嫌な音を立てました。
怒鳴られてもメイド達はあくまで礼儀正しく対応しています。
「先に到着しているレイムーアの方が来られるまで、この部屋でお待ちください」
騎士の一人がガンッと壁を蹴りました。
「俺たちは第三王子レックス殿下の護衛騎士だ! 殿下をお迎えに上がった。さっさと殿下の元へ案内しろ」
対応しているメイドの肩がふるえています。それでも彼女達は逃げません。
私は大きく深呼吸をすると、メイド達の横を通り過ぎて騎士達の前に進み出ました。
その際に、一番若いメイドの耳元でバルゴアの騎士を呼ぶように伝えます。青い顔をしたメイドはコクリとうなずくと静かにその場から離れました。
私はもう二度と子どものころのような思いをしたくありません。私だって誰かを守れるようなしっかりした大人になりたい。
私はふるえる手を握りしめました。
背筋を伸ばして、頭の中でお母様をイメージします。
「お話なら私がうかがいます」
声は少しふるえてしまいましたが、ちゃんと言えました。
メイド達は「シンシア様!」と言いながら、私を庇うように背後に隠します。
護衛騎士の一人が「あなたは?」と不機嫌そうに尋ねてきました。
「私はバルゴア辺境伯の娘、シンシアです」
それを聞いた護衛騎士たちは、居住まいを正します。
「辺境伯のご令嬢でしたか」
「メイド達に何か問題がありましたか?」
私の質問を護衛騎士達は鼻で笑いました。
「俺たちは、第三王子殿下の護衛騎士です。それなのに、こんな場所で長時間またされて困っているのですよ。今も、そこのメイド達に、いつまでここで待てばいいのかと聞いていたのにまともな返事が返ってこない」
私はその言葉にムッとしました。
「聞いていた……? レイムーアでは人にものを尋ねるとき、壁を蹴るのですか?」
護衛騎士たちの顔に苛立ちが浮かびます。
「無礼をしているのは、そちらのメイドです」
「メイド達は、私のお母様の指示に従っているだけです。今の言葉をあなた達は、バルゴア辺境伯夫人にも言うことができますか?」
「うっ」と護衛騎士達がたじろぎました。
メイドには高圧的な態度を取るくせに、なんなんでしょうね、この人達は。
さすがレックス殿下の護衛騎士というべきでしょうか。態度もえらそうですし、人の気持ちが少しもわからないようです。
護衛騎士の一人が「レイムーアとの友好関係にヒビを入れるおつもりですか?」と聞いてきました。それはこっちの台詞です。
どうして、こんなにバカにした態度を取ってくるのでしょうか? そう思っていると、小声で護衛騎士の一人が「田舎者の分際で」と吐き捨てるように言いました。
ああ、なるほど。レックス殿下と同じように、この人達もバルゴア領を田舎だとバカにしているんですね。
なら、私がテオドール様に教えてもらったことを、ぜひ教えてあげなくては。
「バルゴア領は人がおおらかで土地が豊かなんです。王都のような華やかさはないけど、軍事都市として栄えています。軍事都市、この意味わかりますか?」
私もテオドール様に教えてもらったあとに辞書で調べたのですが、軍事都市とは軍事施設を集めた都市のことです。
それに王都に住んでいる叔母様も、こう言っていました。
「バルゴアは、この国の軍事の要(かなめ)で、国王陛下にも一目おかれています」
さらに、私のお兄様は毎日のように兵の鍛錬をしています。
「バルゴア領は、平和を望んでいますがいつでも戦えるんですよ?」
私はお母様をまねてニッコリと微笑みました。
「……我らを脅す気ですか? そんなことをしてどうなるとお思いで?」
怒りを含んだ低い声でしたが、私はもう怖いとは思いませんでした。なぜなら、この人達は、メイドには暴力をふるえても、バルゴア辺境伯の娘である私には決して手を上げられないからです。
だから、私が対応している限り、護衛騎士達はメイド達には危害を加えることができません。なるほど、権力とはこういう風に使うものなのですね。
「どうなる、ですか?」
私は頬に手を当てながら、お母様のようにとぼけました。
「さぁ? 田舎者にはよくわかりません」
先ほど私に田舎者と言った護衛騎士に私は微笑みかけました。護衛騎士は、気まずそうに視線をそらします。
バルゴアの騎士達がこちらに駆けてきました。それを見た護衛騎士達はしぶしぶ部屋に戻っていきます。
メイド達は涙を浮かべていました。
「シンシア様! なんて危険なことを!」
どんなに怒られても私は気にしません。だって、こんな私でも誰かを守れたのですから。
「皆、ケガはない?」
私の問いかけに元気なお返事が返ってきます。
「シンシア様! ありがとうございました!」
駆け付けたバルゴアの騎士達に、私はこの場にとどまりレイムーアの騎士達を監視するようにお願いしました。
私がふぅとため息をつくと、一気に緊張がとけ足元がふらつきます。そんな私をメイドの一人が支えてくれました。
「あれ? あなたは?」
見覚えのないメイドでした。新人さんでしょうか?
小柄で色白の美人さんです。もしかして、レックス殿下が言っていた王都から来てテオドール様と逢引(あいびき)していたメイドって……。
その美人なメイドが私の耳元でささやきました。
「昨晩、テオドール様がレックス殿下に刺されました。口止めをされておりましたが、シンシア様にはお伝えしたほうが良いと判断いたしました」
「……え?」
メイドの顔はウソを言っているようには見えません。
「傷が深くとても危険な状況です。ぜひ、今すぐに! ぜひとも会いに行ってあげてください!」
「で、でも……私じゃなくてあなたのほうが……」
「とんでもないです!」
メイドはブンブンと音がなりそうなくらい首をふっています。
「非常に優秀な方なのでお仕えするには良いですが、それ以外で、あんな恐ろしい方の相手など、私にはとてもじゃないけどできません!」
そう言うメイドの顔は青ざめています。
「このままでは、いったいどんな目に遭わされるか……。お願いですからテオドール様に会いに行ってあげてください。お願いです、お願いします。今後、シンシア様のご命令はなんでも聞きますから!」
そ、そんなに泣かなくても……。
それにしても恐ろしい方って誰のことでしょうか? よくわかりませんが、とにかく私がテオドール様に会いに行っても良いみたいです。
「じゃ、じゃあ、テオドール様のことが心配ですし、行ってきますね?」
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
いいのかなぁと思いながらも、私はメイドと別れてその場をあとにしました。
歩きながらメイドの言葉を頭の中で思い返します。
「……え? テオドール様が刺されたっていってましたよね? しかも、傷が深くてとても危険な状態だって……ウソ……」
心臓が早鐘を打っています。とにかくテオドール様に会って安否を確かめないと!
私はそのことで頭がいっぱいになり走り出しました。
私が目覚めると、なんだかバルゴア城全体がざわついていました。
何かあったのでしょうか?
私の髪をブラシでといてくれているメイドは困った顔をしています。
「よくわからないのですが、今朝になって事前連絡もなく、レイムーアの騎士を名乗る者達が数名訪ねてきたようで……」
「レイムーアの騎士が?」
レイムーアの騎士と言えば、幼いころにあったレックス殿下の護衛騎士を思い出してしまいます。
あの人達は、本当に感じが悪かったです。
「お父様はなんて?」
「それが、昨夜遅くにバルゴア領内に王都からの使者の一団が来たそうで、その対応に出向かれていて……」
「不在なのね。お母様は?」
「レイムーアの騎士達が本物か、交流会で来ているレイムーアの一団に確認が取れるまで、別室で待たせるように、と」
私はホッと胸をなでおろしました。
お父様がいなくても、お母様がいてくれたら心配ありません。
こういうときにお兄様がいてくれたら心強いですが、いないものは仕方ありません。
私の髪をとき終わったメイドに「今日はどういう髪型にされますか?」と聞かれたので、私はそのままでと伝えました。
今は急いでお母様に会いにいかなくては。
今までこういうことが起こったら、皆の邪魔をしないように私は部屋に籠っていました。
でも、レイムーアの交流会の準備を手伝ったときに、こんな私でもできることがあるとわかったのです。
だから、今回も何かできることがあるかもしれません。
自室から出てお母様の部屋へと向かう途中で、怒鳴り声が聞こえました。
「いつまで待たせる気だ!」
声のほうに行くと、レイムーアの騎士三人がバルゴア領のメイド達を怒鳴りつけています。
子どものころの記憶がよみがえり、心臓がドクンと嫌な音を立てました。
怒鳴られてもメイド達はあくまで礼儀正しく対応しています。
「先に到着しているレイムーアの方が来られるまで、この部屋でお待ちください」
騎士の一人がガンッと壁を蹴りました。
「俺たちは第三王子レックス殿下の護衛騎士だ! 殿下をお迎えに上がった。さっさと殿下の元へ案内しろ」
対応しているメイドの肩がふるえています。それでも彼女達は逃げません。
私は大きく深呼吸をすると、メイド達の横を通り過ぎて騎士達の前に進み出ました。
その際に、一番若いメイドの耳元でバルゴアの騎士を呼ぶように伝えます。青い顔をしたメイドはコクリとうなずくと静かにその場から離れました。
私はもう二度と子どものころのような思いをしたくありません。私だって誰かを守れるようなしっかりした大人になりたい。
私はふるえる手を握りしめました。
背筋を伸ばして、頭の中でお母様をイメージします。
「お話なら私がうかがいます」
声は少しふるえてしまいましたが、ちゃんと言えました。
メイド達は「シンシア様!」と言いながら、私を庇うように背後に隠します。
護衛騎士の一人が「あなたは?」と不機嫌そうに尋ねてきました。
「私はバルゴア辺境伯の娘、シンシアです」
それを聞いた護衛騎士たちは、居住まいを正します。
「辺境伯のご令嬢でしたか」
「メイド達に何か問題がありましたか?」
私の質問を護衛騎士達は鼻で笑いました。
「俺たちは、第三王子殿下の護衛騎士です。それなのに、こんな場所で長時間またされて困っているのですよ。今も、そこのメイド達に、いつまでここで待てばいいのかと聞いていたのにまともな返事が返ってこない」
私はその言葉にムッとしました。
「聞いていた……? レイムーアでは人にものを尋ねるとき、壁を蹴るのですか?」
護衛騎士たちの顔に苛立ちが浮かびます。
「無礼をしているのは、そちらのメイドです」
「メイド達は、私のお母様の指示に従っているだけです。今の言葉をあなた達は、バルゴア辺境伯夫人にも言うことができますか?」
「うっ」と護衛騎士達がたじろぎました。
メイドには高圧的な態度を取るくせに、なんなんでしょうね、この人達は。
さすがレックス殿下の護衛騎士というべきでしょうか。態度もえらそうですし、人の気持ちが少しもわからないようです。
護衛騎士の一人が「レイムーアとの友好関係にヒビを入れるおつもりですか?」と聞いてきました。それはこっちの台詞です。
どうして、こんなにバカにした態度を取ってくるのでしょうか? そう思っていると、小声で護衛騎士の一人が「田舎者の分際で」と吐き捨てるように言いました。
ああ、なるほど。レックス殿下と同じように、この人達もバルゴア領を田舎だとバカにしているんですね。
なら、私がテオドール様に教えてもらったことを、ぜひ教えてあげなくては。
「バルゴア領は人がおおらかで土地が豊かなんです。王都のような華やかさはないけど、軍事都市として栄えています。軍事都市、この意味わかりますか?」
私もテオドール様に教えてもらったあとに辞書で調べたのですが、軍事都市とは軍事施設を集めた都市のことです。
それに王都に住んでいる叔母様も、こう言っていました。
「バルゴアは、この国の軍事の要(かなめ)で、国王陛下にも一目おかれています」
さらに、私のお兄様は毎日のように兵の鍛錬をしています。
「バルゴア領は、平和を望んでいますがいつでも戦えるんですよ?」
私はお母様をまねてニッコリと微笑みました。
「……我らを脅す気ですか? そんなことをしてどうなるとお思いで?」
怒りを含んだ低い声でしたが、私はもう怖いとは思いませんでした。なぜなら、この人達は、メイドには暴力をふるえても、バルゴア辺境伯の娘である私には決して手を上げられないからです。
だから、私が対応している限り、護衛騎士達はメイド達には危害を加えることができません。なるほど、権力とはこういう風に使うものなのですね。
「どうなる、ですか?」
私は頬に手を当てながら、お母様のようにとぼけました。
「さぁ? 田舎者にはよくわかりません」
先ほど私に田舎者と言った護衛騎士に私は微笑みかけました。護衛騎士は、気まずそうに視線をそらします。
バルゴアの騎士達がこちらに駆けてきました。それを見た護衛騎士達はしぶしぶ部屋に戻っていきます。
メイド達は涙を浮かべていました。
「シンシア様! なんて危険なことを!」
どんなに怒られても私は気にしません。だって、こんな私でも誰かを守れたのですから。
「皆、ケガはない?」
私の問いかけに元気なお返事が返ってきます。
「シンシア様! ありがとうございました!」
駆け付けたバルゴアの騎士達に、私はこの場にとどまりレイムーアの騎士達を監視するようにお願いしました。
私がふぅとため息をつくと、一気に緊張がとけ足元がふらつきます。そんな私をメイドの一人が支えてくれました。
「あれ? あなたは?」
見覚えのないメイドでした。新人さんでしょうか?
小柄で色白の美人さんです。もしかして、レックス殿下が言っていた王都から来てテオドール様と逢引(あいびき)していたメイドって……。
その美人なメイドが私の耳元でささやきました。
「昨晩、テオドール様がレックス殿下に刺されました。口止めをされておりましたが、シンシア様にはお伝えしたほうが良いと判断いたしました」
「……え?」
メイドの顔はウソを言っているようには見えません。
「傷が深くとても危険な状況です。ぜひ、今すぐに! ぜひとも会いに行ってあげてください!」
「で、でも……私じゃなくてあなたのほうが……」
「とんでもないです!」
メイドはブンブンと音がなりそうなくらい首をふっています。
「非常に優秀な方なのでお仕えするには良いですが、それ以外で、あんな恐ろしい方の相手など、私にはとてもじゃないけどできません!」
そう言うメイドの顔は青ざめています。
「このままでは、いったいどんな目に遭わされるか……。お願いですからテオドール様に会いに行ってあげてください。お願いです、お願いします。今後、シンシア様のご命令はなんでも聞きますから!」
そ、そんなに泣かなくても……。
それにしても恐ろしい方って誰のことでしょうか? よくわかりませんが、とにかく私がテオドール様に会いに行っても良いみたいです。
「じゃ、じゃあ、テオドール様のことが心配ですし、行ってきますね?」
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
いいのかなぁと思いながらも、私はメイドと別れてその場をあとにしました。
歩きながらメイドの言葉を頭の中で思い返します。
「……え? テオドール様が刺されたっていってましたよね? しかも、傷が深くてとても危険な状態だって……ウソ……」
心臓が早鐘を打っています。とにかくテオドール様に会って安否を確かめないと!
私はそのことで頭がいっぱいになり走り出しました。