【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~【書籍化+コミカライズ準備中】

【第二章】01 また、ここに来ることになるなんて

《前書き》
ここから先は、書籍版のつづきになります。書籍では3万字ほど書き下ろさせていただいたので、もし気になる方はお手数ですが書籍をご購入ください。
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書籍を読んでいなくても、【第二部】を読むことに問題ありませんが、多少展開が違うので気にならない方だけお付き合いいただけると幸いです。

***

 私は馬車の中から流れゆく景色を眺めていました。

 自然に囲まれたバルゴア領とは違い、王都は洗練された建物が所狭しと並んでいます。

 数か月前にここから逃げるようにバルゴア領へと旅立ったのがウソのようです。

「またここに戻ってくることになるなんて……」

 ため息交じりの私の独り言は、向かいに座るテオドール様に聞こえてしまったようです。

「シンシア様。私のせいで、大変申し訳ありません」
「そんな! テオドール様のせいじゃありませんよ」
「しかし、私の父が私たちの婚約を認めないせいで、わざわざ王都にまで来ることに……」

 赤い瞳を悲しそうに伏せるテオドール様。長旅をしてきたはずなのに、その黒髪は相変わらずサラサラです。

 私の金髪なんて、少し痛んでしまっているような気がするのに。

 お手入れをできない環境でも維持できる美とは一体⁉

 しかも最近のテオドール様は、美しいだけではなく、なんだかこう少し逞しくなっているような?

 もちろんお父様やお兄様ほどではないんですが、今のテオドール様は出会った頃の儚い雰囲気はなく、なんというか、日に日に色気が増していっているような感じなのです。

 男性なのに色っぽいって、どういうことなの⁉

 目元にクマができていても美青年だったのに、バルゴア領に来て健康になり美青年度を爆上がりさせただけでは飽き足らず、そこに色気を足してくるなんて……。

「シンシア様?」

 あっ、テオドール様を見つめすぎてしまいました。さすがに婚約者同士でも、無言で見つめられたら驚いてしまいますよね。

「すみません。テオドール様が素敵すぎて、見惚れていました」

 話を戻さないと。

「私たちが今回王都に来たのは、私たちの婚約を国王陛下に認めてもらうためなんですよね?」

 私がそう尋ねると、なぜかテオドール様が頬を少し赤くしながら咳払いをします。

「そうです。本来なら両家の当主が賛成すれば婚約は成立し、のちほど王家に書類を提出すればいいのですが、ベイリー公爵家が私たちの婚約に反対しているのです」

 だから、私の家族だけが賛成している今の状態では、私たちの婚約は正式なものではありません。

 テオドール様の顔に、冷たい表情が浮かびました。

「父からの手紙には、シンシア様をベイリー公爵家に連れてこい、そうすれば婚約を認めてやると書かれていましたが、一体何を企んでいるのやら……。もちろん、言いなりになるつもりはありません」

 私としては、ベイリー公爵に会ってこれまでのテオドール様への仕打ちに文句言いたいくらいですが、そうすることをテオドール様は望んでいません。

「今さらベイリー公爵家の許可など要りません。父がどれほど反対しようが、国王陛下が認めてしまえば私たちの婚約は成立します」

 テオドール様が握りしめた小さなカバンの中には、私のお父様が書いた手紙が入っています。そのカバンをテオドール様は、旅の間ずっと肌身離さず持っていました。

 お父様は「この手紙を陛下に」とだけしか言っていませんでしたが、これを国王陛下に渡しさえすれば私たちの婚約を認めてもらえるということなのでしょう。

 馬車の扉がノックされました。

 いつの間に馬車が止まっていたのでしょうか?
 窓の外には、以前王都でお世話になったターチェ伯爵の立派な邸宅が見えます。

 テオドール様は、馬車から先に降りると私に微笑みかけてくれました。

「シンシア様。お手をどうぞ」
「は、はい」

 こんなに素敵な人に優しくエスコートしてもらえるなんて! いまだに慣れません。何度だって、ときめいてしまいます。

 そんな私のときめきをぶち壊すように周囲では、バルゴア領から一緒に来た護衛騎士たちが「あー、やっと着きましたね!」やら、「お嬢もテオドール様も、長い間馬車に乗ってて、ケツ痛くなっていませんか?」とか聞いてきます。

 ……私は今、テオドール様のエスコートでお姫様気分を味わっているから、ちょっとあっちに行っててもらえませんかね?

 ワイワイガヤガヤしながら護衛騎士たちは、ターチェ伯爵邸の広い庭に慣れた手つきを野営の準備を始めます。

 その数の多さに私はため息をついてしまいました。

「前回王都に来たときより、護衛の数が増えているような気がするんですが?」

 また、お父様の過保護のせいで恥ずかしい……。

 なんて思っていたら、隣のテオドール様が「私はもう少し多くしようと思っていたのですが、ターチェ伯爵のご迷惑になるので、最終的にこの数になりました」なんて恐ろしいことを言っています。

「いや、さすがに多すぎですよ⁉」
「シンシア様をお守りするための護衛は、多いに越したことはありません」

 キッパリと言い切ったテオドール様。その真剣な表情を見た私は『この件は何を言っても聞いてもらえなさそう』と思いあきらめました。

 なんだか、テオドール様も私に対して過保護になっているような気がします。

 でも、お父様の過保護は恥ずかしいのに、テオドール様の過保護は恥ずかしいより嬉しいと思ってしまう気持ちが強いので不思議です。

 ふと後ろを見ると、一人のメイドがなんとも言えない顔で野営の準備をしている護衛騎士たちを見ていました。私の視線に気がついたのか、メイドはすぐにこちらに向かって礼儀正しく頭を下げます。

 彼女は、バルゴア領からついて来てくれたメイドのジーナです。元王女殿下の護衛で『カゲ』と呼ばれていて、テオドール様の同僚だったとのこと。今はバルゴアでメイドをしながら秘かにテオドール様の護衛をしてくれています。

 ジーナの正体は、テオドール様と私しか知りません。テオドール様に専属メイドをつけることができないので、表向きは私の専属メイドとして一緒に来てもらっています。

 そう決まる前は、バルゴア領に来てまだ数か月の新人メイドを私の専属メイドにできるのかな? と思っていたのですが、父や母には「シンシアがようやく専属メイドを決めたわ」と喜ばれました。他のメイドたちも「よかった!」「ジーナなら安心だわ」と言っています。

 さすが元王女殿下の護衛。メイドとして働いても優秀なんですね。

 あまりに皆が喜んでいる中、とても申し訳ないのですが、私は「あの、ジーナが専属メイドなのは、旅の間だけですよ?」と言いました。誰にも聞いてもらえませんでしたが。

 メイド長なんて、バルゴア家の紋章が入った短剣をジーナに手渡し「シンシアお嬢様をお願いするわ!」なんて熱く語っているし、ジーナはジーナで「はい、この命に代えても必ずや」なんて真面目に返すので、私だけついていけなかったです。

 まぁ、テオドール様の安全が確保できるならなんでもいいですけど。

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