【連載版】田舎者にはよくわかりません~ぼんやり辺境伯令嬢は、断罪された公爵令息をお持ち帰りする~【書籍化+コミカライズ準備中】
06 王都からバルゴアへ
次の日。朝食の時間になってもテオドール様はお部屋から出てきませんでした。
メイド長に尋ねると「何度お声がけをしてもお返事がなく……」と困り顔です。
そうですよね。許可なく公爵令息が泊っている部屋に入るわけにはいきません。
「テオドール様は、昨晩、どのように過ごされていたのですか?」
「それが、すぐに下がるよう指示があったため、お部屋に案内してからのことはわかりません」
「ということは、テオドール様は結局、食事をとっていないんですね。顔色も悪かったですし、もしかして、お部屋の中で倒れているなんてことは……」
私とメイド長は顔を見合わせました。
「お、叔父様と叔母様はどちらに?」
「お戻りは今日の昼頃になるそうです。王城でやることができたとのことです」
あっ! きっと、王女殿下の婚約破棄騒動のことで王城に残ってらっしゃるんですね。邸宅の主(あるじ)がいない今、この邸宅内でテオドール様の次に地位が高いのが私ということになってしまうのですが。
チラリと見るとメイド長も私の指示を待っています。疲れて眠っている可能性が高いですが、昨晩から食事をとっていないのが気になります。私は覚悟を決めてテオドール様の部屋に向かいました。その後ろをメイド長がつづきます。
扉をノックしても返事はありません。
「テオドール様?」
声をかけても無反応です。
ドアノブに手をかけると鍵は閉まっていませんでした。迷いながらも私はそっと扉を開けます。
「失礼しま――」
ソファーに倒れ込んでいるテオドール様を見つけて、私は悲鳴を上げてしまいました。
メイド長は「お医者様を呼んできます!」と言い走り去りました。
私がテオドール様に駆け寄ると、すぐに私の護衛騎士達が室内に駆け込んできました。
「お嬢、悲鳴が聞こえましたが、どうかしましたか!?」
「テオドール様が!」
護衛騎士の一人がテオドール様の手首や首筋にふれます。
「生きてはいますね。とにかくベッドに運びましょう」
護衛騎士に抱えられたテオドール様は怖いくらいぐったりしています。ベッドに横たえられたテオドール様の手にふれると冷たすぎて驚きました。私はその冷たい手をぎゅっと握りしめます。
「テオドール様……」
ほどなくして医者が駆け付けました。護衛騎士たちは診察の邪魔だと部屋の外に追い出されています。
診察を終えた医者は私に向かってこう言いました。
「病気の類(たぐい)ではないようです。おそらく疲労が溜まっているのかと」
「どうすればいいんですか?」
「目覚めてからもう一度診察しますが、今は安静にするしかないですね」
医者が部屋から出ていくと、私はテオドール様と二人きりになりました。テオドール様の手はまだ冷たいままです。
こんなとき、何もできない自分が悔しいです。体調が悪そうだったことに私は気がついていたのに。昨晩、もっとテオドール様のことを気にかけていたら、こんなことにはならなかったのかも。
ごめんなさい、テオドール様。
テオドール様のまぶたがピクッと動いたあとにゆっくりと開きました。赤く美しい瞳がこちらに向けられます。
「シンシア様……?」
「大丈夫ですか? 苦しいところはありませんか?」
「はい、大丈夫です……。良い夢だ」
テオドール様の瞳が優しく細められました。
「すぐにお医者さんを呼びますね」
立ち上がろうとした私の手をテオドール様がつかみます。
「もう少しだけ、このままで」
「え? は、はい」
まだ気分が良くないのでしょうか? 少しテオドール様の様子がおかしいような気がします。
「失礼します」
私はそっとテオドール様の額に手を当てました。テオドール様は気持ちよさそうに目を閉じます。
「熱はないようですね」
「はい。……ん? 温かい?」
テオドール様は、ガバッとベッドから起き上がりました。
「シンシア様!?」
「え? あっはい」
「夢、じゃない!? どうしてここに!?」
「す、すみません!」
私がここにいる事情を説明すると、テオドール様の顔はどんどん赤くなっていきます。
「シンシア様には、その、大変ご迷惑をおかけしました」
「いえ、お医者さんを呼んできますね」
「はい」
テオドール様、今、絶対に熱ありますよね? 顔が赤いを通り越して、湯気が出そうになっています。
その後のお医者さんの診断でテオドール様は働きすぎて、心身共に衰弱しているとのこと。王都を離れることを勧められていました。
診断が終わるころに、ちょうど叔父様と叔母様が王城から戻ってきました。
テオドール様が倒れたことを伝えると、二人はそろって困った顔をします。叔父様は「ゆっくり休んでいただきたいところだけど、君たちは一刻も早く王都を離れたほうがいい」と言いました。
「どうしてですか?」
「あのあと、騒ぎの報告を受けて夜会に国王陛下が来られてね。私達は急きょ別室に呼び出されたんだ」
「叔父様と叔母様が国王陛下にですか!?」
叔母様は神妙な顔でうなずきます。
「そこで、王女殿下の婚約破棄の件を真に受けないようにと言われたの。すぐに王女殿下に謝罪させるからテオドール様はこれまで通り王女殿下にお仕えするようにとおっしゃられたわ。陛下は王女殿下とテオドール様の婚約を解消する気はないようね」
「そんな! 王女殿下は堂々と浮気をした上に夜会で一方的に責め立てて、テオドール様を罪人のように扱おうとしたんですよ!? それなのに、まだ王女殿下にお仕えしろだなんてひどすぎます!」
これは謝罪だけで済むような話ではありません。本当ならテオドール様の実家であるベイリー公爵家が怒って王家に抗議をしないといけないのに、テオドール様の話を聞く限りそれはなさそうです。
叔母様もだいぶ怒っているようで、顔が強張っています。
「私達もシンシアと同じ気持ちよ。でも、本当に王女殿下が謝罪をしてしまえば、王家の役人であるテオドール様は許さないわけにはいかないわ」
「じゃあ、テオドール様は、また倒れるまで働かされるような環境に戻らないといけないんですか!? そんなの納得できません!」
「落ち着いてシンシア。まだ話のつづきがあるわ。陛下はこうも言っていたの。この件は、決してバルゴア辺境伯には報告しないようにってね」
「お父様に?」
「そう、もしこの件がバルゴア辺境伯に知られたらどうなると思う?」
「それはもちろん、お父様は王女殿下にも国王陛下にもすごく怒ると思います」
お父様はとても優しいんですが、怒るとものすごく怖いです。ちなみに私は今まで一度も怒られたことはありませんが、子どものときに兄がむちゃなことをしてよく怒られていました。
そこで私はハッと気がつきます。
「ということは、このことを私がお父様に報告したら、なんとかしてもらえる?」
叔母様は「そう!」と言って微笑みました。
叔父様が「今はベイリー公爵がテオドール様ではなく、弟のクルト様を王配にするべきだと国王陛下に進言していてね。その対応で王家はすぐには動けないんだ」と教えてくれます。
なるほど、わかりました。今のうちにバルゴア領に帰ってしまえばいいということですね!
「でも、テオドール様の体調が……」
私の言葉をさえぎるように「私は大丈夫です」という声が背後から聞こえました。振り返ると、青い顔をしたテオドール様が立っています。
「シンシア様、すぐにでも出発しましょう」
「で、でも」
王都からバルゴア領までは馬車移動でひと月もかかってしまいます。それくらいバルゴア領は遠いのです。
「私のことなら大丈夫です。どうか、私をバルゴア領にお連れください。私はもう2度と王女殿下にも、王家にもお仕えする気はありません」
そういったテオドール様の瞳は真剣そのものです。
「わかりました」
そういうことで、私達は急ぎ王都を出ることになったのです。
それを聞いた私の護衛騎士達が、あっという間に野営を片付け、さっさと王都を出る準備を済ませたのを見て、テオドール様は「さすが王国一と言われる軍隊なだけはある」と驚いていました。
メイド長に尋ねると「何度お声がけをしてもお返事がなく……」と困り顔です。
そうですよね。許可なく公爵令息が泊っている部屋に入るわけにはいきません。
「テオドール様は、昨晩、どのように過ごされていたのですか?」
「それが、すぐに下がるよう指示があったため、お部屋に案内してからのことはわかりません」
「ということは、テオドール様は結局、食事をとっていないんですね。顔色も悪かったですし、もしかして、お部屋の中で倒れているなんてことは……」
私とメイド長は顔を見合わせました。
「お、叔父様と叔母様はどちらに?」
「お戻りは今日の昼頃になるそうです。王城でやることができたとのことです」
あっ! きっと、王女殿下の婚約破棄騒動のことで王城に残ってらっしゃるんですね。邸宅の主(あるじ)がいない今、この邸宅内でテオドール様の次に地位が高いのが私ということになってしまうのですが。
チラリと見るとメイド長も私の指示を待っています。疲れて眠っている可能性が高いですが、昨晩から食事をとっていないのが気になります。私は覚悟を決めてテオドール様の部屋に向かいました。その後ろをメイド長がつづきます。
扉をノックしても返事はありません。
「テオドール様?」
声をかけても無反応です。
ドアノブに手をかけると鍵は閉まっていませんでした。迷いながらも私はそっと扉を開けます。
「失礼しま――」
ソファーに倒れ込んでいるテオドール様を見つけて、私は悲鳴を上げてしまいました。
メイド長は「お医者様を呼んできます!」と言い走り去りました。
私がテオドール様に駆け寄ると、すぐに私の護衛騎士達が室内に駆け込んできました。
「お嬢、悲鳴が聞こえましたが、どうかしましたか!?」
「テオドール様が!」
護衛騎士の一人がテオドール様の手首や首筋にふれます。
「生きてはいますね。とにかくベッドに運びましょう」
護衛騎士に抱えられたテオドール様は怖いくらいぐったりしています。ベッドに横たえられたテオドール様の手にふれると冷たすぎて驚きました。私はその冷たい手をぎゅっと握りしめます。
「テオドール様……」
ほどなくして医者が駆け付けました。護衛騎士たちは診察の邪魔だと部屋の外に追い出されています。
診察を終えた医者は私に向かってこう言いました。
「病気の類(たぐい)ではないようです。おそらく疲労が溜まっているのかと」
「どうすればいいんですか?」
「目覚めてからもう一度診察しますが、今は安静にするしかないですね」
医者が部屋から出ていくと、私はテオドール様と二人きりになりました。テオドール様の手はまだ冷たいままです。
こんなとき、何もできない自分が悔しいです。体調が悪そうだったことに私は気がついていたのに。昨晩、もっとテオドール様のことを気にかけていたら、こんなことにはならなかったのかも。
ごめんなさい、テオドール様。
テオドール様のまぶたがピクッと動いたあとにゆっくりと開きました。赤く美しい瞳がこちらに向けられます。
「シンシア様……?」
「大丈夫ですか? 苦しいところはありませんか?」
「はい、大丈夫です……。良い夢だ」
テオドール様の瞳が優しく細められました。
「すぐにお医者さんを呼びますね」
立ち上がろうとした私の手をテオドール様がつかみます。
「もう少しだけ、このままで」
「え? は、はい」
まだ気分が良くないのでしょうか? 少しテオドール様の様子がおかしいような気がします。
「失礼します」
私はそっとテオドール様の額に手を当てました。テオドール様は気持ちよさそうに目を閉じます。
「熱はないようですね」
「はい。……ん? 温かい?」
テオドール様は、ガバッとベッドから起き上がりました。
「シンシア様!?」
「え? あっはい」
「夢、じゃない!? どうしてここに!?」
「す、すみません!」
私がここにいる事情を説明すると、テオドール様の顔はどんどん赤くなっていきます。
「シンシア様には、その、大変ご迷惑をおかけしました」
「いえ、お医者さんを呼んできますね」
「はい」
テオドール様、今、絶対に熱ありますよね? 顔が赤いを通り越して、湯気が出そうになっています。
その後のお医者さんの診断でテオドール様は働きすぎて、心身共に衰弱しているとのこと。王都を離れることを勧められていました。
診断が終わるころに、ちょうど叔父様と叔母様が王城から戻ってきました。
テオドール様が倒れたことを伝えると、二人はそろって困った顔をします。叔父様は「ゆっくり休んでいただきたいところだけど、君たちは一刻も早く王都を離れたほうがいい」と言いました。
「どうしてですか?」
「あのあと、騒ぎの報告を受けて夜会に国王陛下が来られてね。私達は急きょ別室に呼び出されたんだ」
「叔父様と叔母様が国王陛下にですか!?」
叔母様は神妙な顔でうなずきます。
「そこで、王女殿下の婚約破棄の件を真に受けないようにと言われたの。すぐに王女殿下に謝罪させるからテオドール様はこれまで通り王女殿下にお仕えするようにとおっしゃられたわ。陛下は王女殿下とテオドール様の婚約を解消する気はないようね」
「そんな! 王女殿下は堂々と浮気をした上に夜会で一方的に責め立てて、テオドール様を罪人のように扱おうとしたんですよ!? それなのに、まだ王女殿下にお仕えしろだなんてひどすぎます!」
これは謝罪だけで済むような話ではありません。本当ならテオドール様の実家であるベイリー公爵家が怒って王家に抗議をしないといけないのに、テオドール様の話を聞く限りそれはなさそうです。
叔母様もだいぶ怒っているようで、顔が強張っています。
「私達もシンシアと同じ気持ちよ。でも、本当に王女殿下が謝罪をしてしまえば、王家の役人であるテオドール様は許さないわけにはいかないわ」
「じゃあ、テオドール様は、また倒れるまで働かされるような環境に戻らないといけないんですか!? そんなの納得できません!」
「落ち着いてシンシア。まだ話のつづきがあるわ。陛下はこうも言っていたの。この件は、決してバルゴア辺境伯には報告しないようにってね」
「お父様に?」
「そう、もしこの件がバルゴア辺境伯に知られたらどうなると思う?」
「それはもちろん、お父様は王女殿下にも国王陛下にもすごく怒ると思います」
お父様はとても優しいんですが、怒るとものすごく怖いです。ちなみに私は今まで一度も怒られたことはありませんが、子どものときに兄がむちゃなことをしてよく怒られていました。
そこで私はハッと気がつきます。
「ということは、このことを私がお父様に報告したら、なんとかしてもらえる?」
叔母様は「そう!」と言って微笑みました。
叔父様が「今はベイリー公爵がテオドール様ではなく、弟のクルト様を王配にするべきだと国王陛下に進言していてね。その対応で王家はすぐには動けないんだ」と教えてくれます。
なるほど、わかりました。今のうちにバルゴア領に帰ってしまえばいいということですね!
「でも、テオドール様の体調が……」
私の言葉をさえぎるように「私は大丈夫です」という声が背後から聞こえました。振り返ると、青い顔をしたテオドール様が立っています。
「シンシア様、すぐにでも出発しましょう」
「で、でも」
王都からバルゴア領までは馬車移動でひと月もかかってしまいます。それくらいバルゴア領は遠いのです。
「私のことなら大丈夫です。どうか、私をバルゴア領にお連れください。私はもう2度と王女殿下にも、王家にもお仕えする気はありません」
そういったテオドール様の瞳は真剣そのものです。
「わかりました」
そういうことで、私達は急ぎ王都を出ることになったのです。
それを聞いた私の護衛騎士達が、あっという間に野営を片付け、さっさと王都を出る準備を済ませたのを見て、テオドール様は「さすが王国一と言われる軍隊なだけはある」と驚いていました。