その婚約破棄、巻き込まないでください
王子様の言い分
お二人の話題から、近々公爵家主催の夜会が開催されることは調べがつきました。
私が鳥の姿で次に向かったのは、王宮。
ジェームズ殿下を探ることにしたのです。
今度は、庭を散策している殿下のお姿を運良く見つけることができました。
ジェームズ殿下の後ろにはお仕着せを身につけた侍従が付き従っていて、王子の悩み事に耳を傾けていました。
「アナベルが気にしている、ミント嬢という男爵令嬢が羨ましくて仕方ないんだ」
殿下は気高い白皙の美貌を歪め、血を吐くほど切実に言っていたのです。「羨ましくて羨ましくて仕方ない。俺もアナベルに、優しく笑いかけてもらいたい」と。
近くの木の枝にとまって盗み聞きをしていた私は、自分の耳を疑いました。
殿下、べた惚れではないですか。その御心に他人の入り込む余地などなく、全身全霊でアナベル様強火推しではないですか。
(わかりますよ、私だってアナベル様のこと、大好きになりましたもの)
語り合いたい。まさか同担拒否ではないですね? そのときは身を引きますとも。
だって、殿下はアナベル様の婚約者なのですから!
「アナベルと私の婚約は子どもの頃に交わされたもので……。あの頃、婚約が何かわかっていなかった私は、子どもらしい残酷さで美しいアナベルのことをずいぶんとからかってしまった」
今にも死にそうなほどの後悔を漂わせ、殿下は悲壮な顔で言います。
「わかります、殿下。『男の子は好きな相手をからかっちゃう』って言われる現象そのままでしたね」
従者さんが合いの手を入れます。
どう考えても、励ますどころか追い詰めています。
殿下はそのへんの丈の高い草をぶちぶちっと握りしめて千切りながら、顔を歪めて言いました。
「それ、今でもときどき聞くけど、よく考えなくても絶許案件だよな……。好きな相手をからかったって、嫌われるだけだって。いじめてきた相手に好感を持つ人間なんかいないだろ。子どもの頃とはいえ、本当に馬鹿なことをした。周りの大人も『殿下、お嬢様のこと本当にお好きなんですね』とか微笑んでないで止めろよぉぉぉぉ。俺が親になった暁に、息子がそんな風に好きな相手をいじり始めたら、親の責務として、恐怖で夜眠れなくなるほど叱り飛ばす」
「殿下、加減は考えましょう。子どもは傷つきやすいし恨みは長引きます。ご自身の後悔とは、ご自身でまず向き合ってください」
呆れたようにつっこまれていましたが、殿下の激しい後悔は私にもよく伝わってきました。
「以来、ずーっとアナベルとはぎくしゃくしっ放しだ。この上は婚約を解消した方が良いのかと思うものの、さりげなく聞いても『それには及びません』なんて言われるだけなんだ。あれはきっと無理をしている。私に非がある形で全然構わないから、いっそ婚約破棄ものの問題でも起こそうかと思うんだが……。それでアナベルに迷惑をかけたらと思うと、踏み切れるものでもなく」
「殿下、まさかそれであの男爵令嬢にかまっているんですか。不義を……」
(そこは私も聞きたい)
前のめりになったら、足で小枝をぱきりと踏みしめてしまいました。
ハッと顔を上げた殿下は武人の顔をしていましたが、私を見ると「珍しい鳥がいるな」と笑いかけてきました。
それから、侍従さんに向き直って言いました。
「ミント嬢にかまっている理由は、アナベルが気にかけているからだな。その、アナベルはアナベルで不器用なところがあるから、うまく誠意が伝わっていないのではないかと。もし万が一ミント嬢がアナベルの真意に気づかず、いじめられたと恨んでいるようなことがあれば、その誤解をときたくて」
はにかむように言うその姿に、私はよろめいてしまいました。
(尊すぎかよです……! 愛、これは間違いなく愛)
興奮しすぎた私は鳥歴の浅さゆえに、羽ばたきもままならず足を踏み外して枝から真っ逆さまに落ちます。
ぽす、と受け止めてくれたのは殿下でした。
「巣立ったばかりの小鳥か? ケガしないように気をつけろよ」
箱推し決定。
(殿下~~~~~! 今までちょっと面倒くさい男だなって思っていて本当にすみませんでした。すべてはアナベル様への愛ゆえだったんですね。それならそれでもう、私はお二人の仲がうまくいくように小細工を弄するのみ!)
いけない。思わずお師匠様のようなことを考えてしまいました。
しかし、関係改善は喫緊の課題です。
婚約者のいる殿下が他の女(私です)を追いかけ回している事実は大変外聞が悪く、結果的にアナベル様に迷惑をかけています。
(お二人は両思いだというのに……!)
「ここのところ、アナベルとはどうもすれ違い続けていた。今度の夜会で、アナベルと落ち着いて話し合いたいと思う」
殿下は私を割れやすい生卵のように優しく手のひらで包み込みながら、侍従さんに言いました。
「よろしいのではないでしょうか」
侍従さんの同意を耳にしてから、私は空に飛び立ちました。
もう落ちるなよ、と殿下の爽やかな呼びかけを背に受けて、私はしみじみと思うのです。
(アナベル様は殿下の幸せを願っていて、殿下はアナベル様を愛してらっしゃる。お二人の誤解とすれ違いをどうにかできないでしょうか……!)
* * *
私が鳥の姿で次に向かったのは、王宮。
ジェームズ殿下を探ることにしたのです。
今度は、庭を散策している殿下のお姿を運良く見つけることができました。
ジェームズ殿下の後ろにはお仕着せを身につけた侍従が付き従っていて、王子の悩み事に耳を傾けていました。
「アナベルが気にしている、ミント嬢という男爵令嬢が羨ましくて仕方ないんだ」
殿下は気高い白皙の美貌を歪め、血を吐くほど切実に言っていたのです。「羨ましくて羨ましくて仕方ない。俺もアナベルに、優しく笑いかけてもらいたい」と。
近くの木の枝にとまって盗み聞きをしていた私は、自分の耳を疑いました。
殿下、べた惚れではないですか。その御心に他人の入り込む余地などなく、全身全霊でアナベル様強火推しではないですか。
(わかりますよ、私だってアナベル様のこと、大好きになりましたもの)
語り合いたい。まさか同担拒否ではないですね? そのときは身を引きますとも。
だって、殿下はアナベル様の婚約者なのですから!
「アナベルと私の婚約は子どもの頃に交わされたもので……。あの頃、婚約が何かわかっていなかった私は、子どもらしい残酷さで美しいアナベルのことをずいぶんとからかってしまった」
今にも死にそうなほどの後悔を漂わせ、殿下は悲壮な顔で言います。
「わかります、殿下。『男の子は好きな相手をからかっちゃう』って言われる現象そのままでしたね」
従者さんが合いの手を入れます。
どう考えても、励ますどころか追い詰めています。
殿下はそのへんの丈の高い草をぶちぶちっと握りしめて千切りながら、顔を歪めて言いました。
「それ、今でもときどき聞くけど、よく考えなくても絶許案件だよな……。好きな相手をからかったって、嫌われるだけだって。いじめてきた相手に好感を持つ人間なんかいないだろ。子どもの頃とはいえ、本当に馬鹿なことをした。周りの大人も『殿下、お嬢様のこと本当にお好きなんですね』とか微笑んでないで止めろよぉぉぉぉ。俺が親になった暁に、息子がそんな風に好きな相手をいじり始めたら、親の責務として、恐怖で夜眠れなくなるほど叱り飛ばす」
「殿下、加減は考えましょう。子どもは傷つきやすいし恨みは長引きます。ご自身の後悔とは、ご自身でまず向き合ってください」
呆れたようにつっこまれていましたが、殿下の激しい後悔は私にもよく伝わってきました。
「以来、ずーっとアナベルとはぎくしゃくしっ放しだ。この上は婚約を解消した方が良いのかと思うものの、さりげなく聞いても『それには及びません』なんて言われるだけなんだ。あれはきっと無理をしている。私に非がある形で全然構わないから、いっそ婚約破棄ものの問題でも起こそうかと思うんだが……。それでアナベルに迷惑をかけたらと思うと、踏み切れるものでもなく」
「殿下、まさかそれであの男爵令嬢にかまっているんですか。不義を……」
(そこは私も聞きたい)
前のめりになったら、足で小枝をぱきりと踏みしめてしまいました。
ハッと顔を上げた殿下は武人の顔をしていましたが、私を見ると「珍しい鳥がいるな」と笑いかけてきました。
それから、侍従さんに向き直って言いました。
「ミント嬢にかまっている理由は、アナベルが気にかけているからだな。その、アナベルはアナベルで不器用なところがあるから、うまく誠意が伝わっていないのではないかと。もし万が一ミント嬢がアナベルの真意に気づかず、いじめられたと恨んでいるようなことがあれば、その誤解をときたくて」
はにかむように言うその姿に、私はよろめいてしまいました。
(尊すぎかよです……! 愛、これは間違いなく愛)
興奮しすぎた私は鳥歴の浅さゆえに、羽ばたきもままならず足を踏み外して枝から真っ逆さまに落ちます。
ぽす、と受け止めてくれたのは殿下でした。
「巣立ったばかりの小鳥か? ケガしないように気をつけろよ」
箱推し決定。
(殿下~~~~~! 今までちょっと面倒くさい男だなって思っていて本当にすみませんでした。すべてはアナベル様への愛ゆえだったんですね。それならそれでもう、私はお二人の仲がうまくいくように小細工を弄するのみ!)
いけない。思わずお師匠様のようなことを考えてしまいました。
しかし、関係改善は喫緊の課題です。
婚約者のいる殿下が他の女(私です)を追いかけ回している事実は大変外聞が悪く、結果的にアナベル様に迷惑をかけています。
(お二人は両思いだというのに……!)
「ここのところ、アナベルとはどうもすれ違い続けていた。今度の夜会で、アナベルと落ち着いて話し合いたいと思う」
殿下は私を割れやすい生卵のように優しく手のひらで包み込みながら、侍従さんに言いました。
「よろしいのではないでしょうか」
侍従さんの同意を耳にしてから、私は空に飛び立ちました。
もう落ちるなよ、と殿下の爽やかな呼びかけを背に受けて、私はしみじみと思うのです。
(アナベル様は殿下の幸せを願っていて、殿下はアナベル様を愛してらっしゃる。お二人の誤解とすれ違いをどうにかできないでしょうか……!)
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