その婚約破棄、巻き込まないでください
【後日談】

弟子の秘薬

 絶対にだめです! 薬には頼らないでください!

(とは、言ったものの……気になるお年頃ではあるわけでして)

 正装したお師匠様にエスコートされて、夢のような一夜を過ごした翌朝、私の頭を占めていたのはお師匠様が作った「あの薬」のことです。

 私は、決してお師匠様のことが嫌いなわけではありません。
 若干、言動に見過ごせないものがあるのは承知をしておりますが、それを差し引いても大変魅力的な男性であることは理解しています。

 二人で夜会を抜け出した後は、雰囲気の良いレストランで、終始和やかに食事と会話を楽しみました。

(お料理もデザートも本当に美味しかったです……! ヒラメのクリーム煮も仔牛肉のトマトピュレ添えもチーズスフレも……。「テーブルマナーがきれいだね」って褒めてくださったのも、すごく嬉しかったです。いざという時に私が困らないようにと、両親が気にかけて教師もつけてくれていたので)

 お師匠様に大丈夫と言ってもらえたので、今度からはどこへでも行けそうな気分です! と、私が言ったら、お師匠様は「じゃあ、またどこかへ一緒に行こうね」と言ってくださいました。

 その後、二人でのんびりと河原を歩き、公爵邸で打ち上げられている花火を遠巻きに見ました。
 夜が更ける前にきちんと家まで送り届けて頂きましたが、その完璧なエスコートぶりと言ったら、私でなくてもコロッと参ってしまったのではないかと思います。

 私は夢の余韻に浸りながら、普段遣いのドレスに袖を通しつつ、お師匠様と腕を組んだときの感触を思い起こしてため息をつきました。

「惚れ薬……」

 お師匠様特製の、あの薬。
 直接的な言い方をすれば「媚薬」とは言っていましたが、使えば恋に落ちてしまう薬というのは、なんとも魅力的な響きです。
 同時に、とても違法の匂いがします。
 私の感覚が確かなら、みだりに作って良いものとも思えません。

(いけないものだわ。興味はあるけれど……)

 薬で相手を惑わせて自分のものにするというのは、薬師であるからこそ絶対に手を出してはいけない領域だと思うのです。
 でも、現実に存在しているのであれば使ってみたい、その効力を見てみたいという気持ちも止められるものではありません。
 悩みに悩み抜いた末、私はある決断をしたのです。

 自分で作ってみよう、と。


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