EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 しばらく、あちらこちらを行ったり来たりしながら、説明を受けていると、不意に、朝日さんのスマホが鳴り始めた。
「――申し訳無い、会社からですので」
「ああ、どうぞ。お気になさらず」
 高根さんにうながされ、朝日さんは、少しだけ背を向け、通話を始める。
 どうやら、ちゃんと電波は届いているようだ。

「――……わかった。……すぐに戻るから、ロビーで待たせておいてくれ」

 すると、何かを押さえつけるような低い声音で、朝日さんは相手にそう告げると、通話を終えた。
 そして、あたしを振り返る。
「……悪い、白山。……オレに急な来客だ。一人で大丈夫だな?」
 その真剣な表情に、あたしも、口元を引き締め、うなづいた。
「大丈夫です」
 元々、あたしの仕事なのだ。
 責任は、きちんと果たす。
 すると、高根さんが、遠慮がちに割り込んできた。
「あ、あの、大体は終了していますので、お帰り頂いても大丈夫ですよ。また、補足があれば、来週以降にご連絡しますので」
 朝日さんは、彼を見やると、気まずそうにうなづいた。
「そうですか。――では、申し訳ありませんが、本日はこれで終了という事で」
「ええ。じゃあ、また、お送りしますね」
 あたし達は、高根さんの後に続き、駐車場まで行くと、来た時と同じように乗り込んだ。
 そして、再び二十分ほどで、会社に到着。

 ――その間ずっと、朝日さんは、無言のまま重い空気をまとっていた。


 正門前で、高根さんを見送ると、朝日さんは、足早に社屋に向かっていくので、あたしも、急いで彼について行く。
 ――けれど、正面玄関に入った瞬間、彼の足が止まった。

「――お久しぶりです、黒川課長(・・)……ああ、今は、部長に昇進ですってね」

「……何の用だ。……水沢(みずさわ)

 ロビーで待っていたのは、明らかに年下だろう、私服姿のショートカットの女性。
 彼女は、口元だけ笑みを浮かべ、朝日さんの目の前にやって来た。
 あたしよりも、少しだけ低い背だけれど、スレンダーなスタイル。
 でも、その雰囲気は、とてもじゃないが好意的には思えなかった。

「……何の?……アンタのせいで、私は、一生消えない傷を負ったのよ」

「――……それに関しての謝罪を断ったのは、お前だろう」

「当然じゃない。……謝ってもらったって、どうにもならない。――ただ、責任を取ってもらいたいだけよ」

 二人の会話の内容がわからないあたしは、戸惑いながら、朝日さんの背を見つめる。
 ロビーにいた、他の社員も、息をひそめている。

 ――……この女性(ひと)、一体、誰……?

 イントネーションが、こちらのものではない気がする。
 あたしは、視線だけを朝日さんに向けた。
 すると、彼は、彼女の腕を取り、出入口まで引きずるように連れて行った。

「――お前には、申し訳無い事をしたと思っている。……だが、お前の言う、責任を取る気は、オレには無い」

 そう言った瞬間、彼の頬が音を立てた。

 ――……え?

 その場にいた人間、すべて、あっけにとられる。

 彼女は、朝日さんを殴った手を押さえながら、涙を浮かべて叫んだ。


「――この……最低男!!人でなし‼」


 そして、背を向けると、駆け出して去って行ったのだった。
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