EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
朝日さんは、殴られた頬をそのままに、総務部に戻ろうとしたので、あたしは慌てて止めた。
「部長、ひとまず、頬を冷やした方が――」
「構わない。大した力でも無かったから、平気だ」
「でも」
「――構わないと言っている」
頑なな口調に、思わず言葉を失った。
――……一体、誰なの……?
……それに……責任って……。
彼女の言葉には、切羽詰まったものを感じた。
それが、なぜなのかは、わからなかったが――それは、終業後に強制的に耳に入ってきた。
「昼間の女、部長の大阪時代の部下だって」
「え」
あたしに向かってだったのか、一瞬、わからなかったが、後ろにいた小坂主任と目が合ったので、たぶん、あたしに言ったのだろう。
「――……それが何か」
なるべく、平静を装いながらも返すと、主任は、曽根さんのイスに座ってあたしに言った。
曽根さんは、既に定時で退社している。
「大阪支社の子の話だと、部長、あの女に何かひどい事したらしいわよ?」
「――……そう、ですか」
あたしは、それだけ返すと、机の上を整理して立ち上がった。
この人の言う事は、話半分ほどに聞いているのが正解なのだ。
「……お疲れ様でした」
まだ話し足りない主任は、あたしを不服そうに見上げると、勝手に話し出す。
「そのせいで、向こうに居づらくなったらしいのよ、部長。で、見かねた上が、昇進も兼ねてこっちに呼んだってワケ」
あたしは、背中にかかる声を振り切り、総務部を出る。
そして、ロッカールームで支度を終えると、足早に駅に向かった。
あれから、朝日さんは、総務部に一度も顔を出していない。
会議の予定は無かったから、別の仕事なのか――他の理由なのか。
でも、何にせよ、あたしがやる事は一つ。
――あたし達の部屋で、彼を待つ。
とにかく、今は、ただ、抱き締めてあげたかった。
キッチンのテーブルで、うつらうつらしていると、不意にドアが開く音が聞こえ、顔を上げた。
振り返れば、朝日さんが玄関で靴を脱いでいる。
「お……お帰りなさい」
「――……ただいま」
あたしは、彼の元に行くが、その表情に言葉を失った。
顔色は悪く、殴られた頬はかなり腫れていた。
やっぱり、冷やした方が良かったんじゃ――。
「……あ、朝日さん、あの……」
だが、彼は、無言でソファに座り込んだ。
そして、うつむくと顔を両手で隠すようにする。
「……朝日さん」
「……悪い……一人にしてくれ」
「で、でも」
「今は、冷静に事情を説明できない」
震える声を抑えながら、彼は言う。
あたしは、それでも、彼の隣に座った。
「美里」
「――……嫌です。……あたし、朝日さんの彼女じゃなかったんですか」
「だから……」
そして、抗うように、彼を抱き締める。
「美里っ……!」
「ダメです。……一人にしたら――きっと、朝日さん、全部抱えて、自分だけで何とかしようとするでしょ」
「……お前が言うか」
思わず口ごもりそうになるが、すぐに立て直す。
「今は、そういうのいいです。――……だから……辛いなら、甘えてください」
あたしの言葉に、朝日さんは息をのむ。
そして、次には、きつく抱き締められた。
「――……悪い……。……少し、だけだから……」
「少しじゃなくたって、良いですけど」
「そういう事を言うな。……我慢してるって言ってるだろう」
「――我慢、しないでください」
あたしが言うと、朝日さんは、勢いよく顔を上げる。
「……煽るな、バカ」
そう言って、唇を重ねたが、すぐに離した。
「――……悪い。……事情は……」
「落ち着いたらでいいです」
「だが」
「――……あたしは、朝日さんを信用してますから」
すると、彼は一瞬、目を見開く。
そして、次には、更にきつく抱き締められた。
「――……ありがとう」
「……ハイ」
あたしは、朝日さんの背に腕を回す。
二人、それ以上何をする事もなく、ただ、しばらくの間、抱き締め合っていた。
「部長、ひとまず、頬を冷やした方が――」
「構わない。大した力でも無かったから、平気だ」
「でも」
「――構わないと言っている」
頑なな口調に、思わず言葉を失った。
――……一体、誰なの……?
……それに……責任って……。
彼女の言葉には、切羽詰まったものを感じた。
それが、なぜなのかは、わからなかったが――それは、終業後に強制的に耳に入ってきた。
「昼間の女、部長の大阪時代の部下だって」
「え」
あたしに向かってだったのか、一瞬、わからなかったが、後ろにいた小坂主任と目が合ったので、たぶん、あたしに言ったのだろう。
「――……それが何か」
なるべく、平静を装いながらも返すと、主任は、曽根さんのイスに座ってあたしに言った。
曽根さんは、既に定時で退社している。
「大阪支社の子の話だと、部長、あの女に何かひどい事したらしいわよ?」
「――……そう、ですか」
あたしは、それだけ返すと、机の上を整理して立ち上がった。
この人の言う事は、話半分ほどに聞いているのが正解なのだ。
「……お疲れ様でした」
まだ話し足りない主任は、あたしを不服そうに見上げると、勝手に話し出す。
「そのせいで、向こうに居づらくなったらしいのよ、部長。で、見かねた上が、昇進も兼ねてこっちに呼んだってワケ」
あたしは、背中にかかる声を振り切り、総務部を出る。
そして、ロッカールームで支度を終えると、足早に駅に向かった。
あれから、朝日さんは、総務部に一度も顔を出していない。
会議の予定は無かったから、別の仕事なのか――他の理由なのか。
でも、何にせよ、あたしがやる事は一つ。
――あたし達の部屋で、彼を待つ。
とにかく、今は、ただ、抱き締めてあげたかった。
キッチンのテーブルで、うつらうつらしていると、不意にドアが開く音が聞こえ、顔を上げた。
振り返れば、朝日さんが玄関で靴を脱いでいる。
「お……お帰りなさい」
「――……ただいま」
あたしは、彼の元に行くが、その表情に言葉を失った。
顔色は悪く、殴られた頬はかなり腫れていた。
やっぱり、冷やした方が良かったんじゃ――。
「……あ、朝日さん、あの……」
だが、彼は、無言でソファに座り込んだ。
そして、うつむくと顔を両手で隠すようにする。
「……朝日さん」
「……悪い……一人にしてくれ」
「で、でも」
「今は、冷静に事情を説明できない」
震える声を抑えながら、彼は言う。
あたしは、それでも、彼の隣に座った。
「美里」
「――……嫌です。……あたし、朝日さんの彼女じゃなかったんですか」
「だから……」
そして、抗うように、彼を抱き締める。
「美里っ……!」
「ダメです。……一人にしたら――きっと、朝日さん、全部抱えて、自分だけで何とかしようとするでしょ」
「……お前が言うか」
思わず口ごもりそうになるが、すぐに立て直す。
「今は、そういうのいいです。――……だから……辛いなら、甘えてください」
あたしの言葉に、朝日さんは息をのむ。
そして、次には、きつく抱き締められた。
「――……悪い……。……少し、だけだから……」
「少しじゃなくたって、良いですけど」
「そういう事を言うな。……我慢してるって言ってるだろう」
「――我慢、しないでください」
あたしが言うと、朝日さんは、勢いよく顔を上げる。
「……煽るな、バカ」
そう言って、唇を重ねたが、すぐに離した。
「――……悪い。……事情は……」
「落ち着いたらでいいです」
「だが」
「――……あたしは、朝日さんを信用してますから」
すると、彼は一瞬、目を見開く。
そして、次には、更にきつく抱き締められた。
「――……ありがとう」
「……ハイ」
あたしは、朝日さんの背に腕を回す。
二人、それ以上何をする事もなく、ただ、しばらくの間、抱き締め合っていた。