EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 翌朝、あたしは、朝日さんのベッドから、そっと下り立った。
 昨夜は、ひどく憔悴していたせいか、彼はまだ眠ったままだ。
 あたしは、そっと、腫れている頬に手を当てる。
 一瞬だけ、彼は眉を寄せるが、再び寝息を立て始めた。

 ――痛いとは言わなかったけれど、冷やした方が良いよね……。

 そう思い、キッチンに向かおうとすると、不意に腕がつかまれた。
「あ、朝日さん……?」
「――どこに行く」
「え、ど、どこって……何か冷やすもの持って来ようかと……」
「いらない」
「でも」

「ここにいろ――……いてくれ」

 そう言って、あたしを引き寄せる。
 すがるように言われ、思わずうなづいてしまった。
 再びベッドに戻ると、朝日さんは、あたしを抱き締めたまま、寝息を立て始めた。
 ――……もしかして、寝ぼけてる……?
 でも、意識はハッキリしていたみたいだった。
「……朝日さん……?」
 呼びかけてはみたが、返事は無い。
 至近距離の端正な顔は――今は、苦痛に歪んだように見えていた。


 それから、あたしもつられて寝てしまい、再び目が覚めたのは、昼前だった。
 さすがに、マズい。
 あたしは、そっと回されていた腕から逃れ、ベッドから下りる。
 その気配で、朝日さんも目が覚めたようだ。
 ゆっくりと起き上がると、寝起きのかすれた低い声で、あたしに尋ねる。
「――……おはよう……。……今、何時だ?」
「おはようございます。――もう、お昼前ですよ」
「……マジか。……悪いな、巻き込んだか」
 あたしは、眉を寄せる朝日さんを、そっと抱き締める。
「美里?」
「かまいません。――今日は、全部、あたしがやりますから、朝日さんは休んでいてください」
「オレは大丈夫だから」
「大丈夫じゃない人ほど、そう言うんです」
 そう返せば、朝日さんは不服そうに眉を寄せた。
「そっくりそのまま、返してやるが」
「あたしの事は良いんです。今は、朝日さんの事ですから」
「だがな」
「――辛いなら、甘えてくださいって言いましたよね。……あたしが、できる事なんて、大して無いけど……」
 すると、朝日さんは、バタリ、と、ベッドに逆戻りした。
「朝日さん?」

「――……じゃあ……今日だけだ。……今日だけ――」

 あたしは、気まずそうに見上げてくる彼の頬に、そっと口づける。
 昨日よりも痛々しいそれに、おまじないをするように。
「美里?」
「――……痛い、ですか」
「……まあ、そこそこ、だ。心配するほどじゃない」
「でも、腫れちゃってますから、冷やしましょう」
 体勢を起こし、あたしは、今度こそリビングに向かった。
 薬箱に入っていた冷感シートを持ち出すと、再び朝日さんの元に戻る。
「ちょっとだけ、貼っていてくださいね」
「――……っ……!」
 ひんやりとした感覚に、彼は顔を歪める。
 あたしは、何だか、弟の面倒をみているような錯覚になった。
「我慢しましょ?」
「……何で、そんなに機嫌良いんだ、お前?」
「え?」
 不服そうに言う朝日さんは、それでも、大人しくあたしが貼ったシートを取らずにいてくれた。
 それだけで、こんな状況なのに、うれしくなってしまう。
「き、気にしないでください。あたし、何か作りますね。あ、でも頬痛そうだし……麺類とかの方が良いですか?」
「別に大丈夫だ。――任せる」
 あたしは、うなづくとキッチンに向かった。
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