EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 朝日さんは、言うだけ言うと、あたしを離して立ち上がった。
「――朝日さん?」
「風呂、沸いてるから、先に入れ」
「え、あ、うん……」
 急に話題を変えられ、面食らう。
 さっきの言葉は――何か続きがあったんだろうか。
 でも、それを追求する気にはなれない。

 ……何かを失くしそうな気がして、怖くなったから――……。

「何だ、一緒に入った方が良いのか?」
「えっ」
 固まっているあたしに、朝日さんは苦笑いで返した。
「冗談に決まってるだろう。――さっきの今で、我慢できる自信は無いからな」
「バッ……!」
「美里」
 あたしは、慌てて自分の部屋に向かおうとするが、彼に呼ばれて振り返る。

「――……もう、部屋、一緒にしないか」

「……うん」

 真っ直ぐに見つめられ、あたしは、思わず、うなづいてしまった。
「なら、荷物こっちに持って来い。ああ、服はクローゼットに、一緒に入りそうか?まだ余裕はあるぞ」
 朝日さんは、少し浮かれたように尋ねる。
「たぶん。……元々、そんなに持ってないし」
「――今度、買ってやろうか?」
「え、いっ……いい!」
「遠慮するな」
「ホントにいいの!……あたし、そういうタイプじゃないから」
 視線を逸らして言うと、朝日さんは渋々ながらうなづいた。
 ――もしかしたら、この人、彼女を自分の好きに着飾りたいタイプ?
 そんな風に思ったのが、顔に出ていたようだ。
 彼は、拗ねたように言う。
「……別に、着せ替え人形にしたいとかじゃないぞ。……ただ、その……何か、身に着けるものをあげたいというか……」
「え」
「――……ただ、オレがプレゼントしたいだけだっ……」
 そう、言うだけ言って、朝日さんはスタスタとあたしの部屋に向かった。
 ――……何、それ。
 思わず、顔がにやけてしまう。
 年上という事を忘れるくらいの、可愛い言動に、完全にやられてしまった。
 あたしは、彼を追いかけると、後ろから抱き着いた。
「み、美里?」
「――その気持ちだけで、うれしいから」
 すると、朝日さんは、すぐに振り返り、あたしを抱き締める。
「……いっそ、もう、婚約指輪でも買いに行くか」
「朝日さん」
 あたしは、うなづきそうになるけれど、すぐにとどまった。
 その選択は――まだ、できない。
 いろんな足かせが、あたしを縛るのだ。
 そんな思いが透けて見えたのか、朝日さんはあたしを離し、苦笑いした。
「――……悪い……突っ走りそうになった。……お前が結婚しても良いと思う時に、ちゃんと準備するから」
「……ご、ごめんなさい、あたし……」
「謝るな。――わかってるから」
 あたしは、顔を伏せる。
 ……こんな風に大事に想ってもらえるのに――……。

「美里、結婚は、オレ一人だけじゃできないんだからな」

 朝日さんの言葉に顔を上げる。
 視線が合うと、そっと、髪を撫でられた。
「――……それに、お互い、まだまだ知らない事は多いしな」
 その言葉に、あたしは、昨日の彼女の事を思い出す。
 けれど、何かがつっかえったように、言葉にできなかった。
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