EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 それから、二人で大物の洗濯や掃除に取り掛かり、二時間ほどで、ようやくめどがついた。
「――どうにか、夕方までには間に合ったな」
 大きく伸びをしながら、朝日さんは、あたしに言った。
 それに、ふてくされながら返す。
「……ホントは、朝からやりたかったのに」
「悪かったって」
 朝日さんは困ったように、そう言って笑う。
 その笑顔につられて笑ってしまうと、
「――やっと笑ったな」
 ホッとしたように言われ、あたしはバツが悪くなる。
「……別に……いつまでも機嫌悪いのも嫌だし……」
 原因は朝日さんなのに、自分が悪いような気がしてしまうじゃない。
 けれど、彼はあたしの元に来ると、そっと髪を撫でた。

「――気にするな。嫌なら、ちゃんと言ってくれた方が良い。……これから先、不満をお互いに溜め込みたくないからな」

「……うん……」

 あたしは、目を伏せうなづく。
 ――やっぱり、こういうところは大人なんだ。
 朝日さんのいろんな表情に、どんどん、惹かれていくのがわかる。
 それが、少しだけ――怖くなった。


 それから、二人で掃除用具を片付けていると、不意にインターフォンが鳴り響いた。
 あたしは、玄関脇についている電話を取る。
 来客は、まず、ここで確認してから、中に通すか決められるらしい。
「――ハイ」
『いつもお世話になっております。ウオサンスーパーです』
 あたしは、隣に来た朝日さんを見やる。
 すると、彼はうなづいて電話を代わった。
「お世話様です。取りに行きますので、いつも通り、警備の方に預けておいてください」
『かしこまりました。ご利用、ありがとうございました』
 配達員の男性がそう言うと、朝日さんは、受話器を置いた。
「ちょうど良かったな。食材届いたぞ」
「……うん」
 あたしは、物珍しさに目を輝かせた。
 こんな風に届くんだ。
「何だ、使った事無かったのか?」
「え、う、うん」
 そう尋ねられ、あたしは、気まずくなって視線を逸らす。
 ――……そんな風な贅沢、できなかったもの。
 元カレ達のせいで、あたしの収入のほとんどは、アイツ等に費やされてしまって、日々の生活だってギリギリだったのだ。
 買い物には行くけど、買うのは特売品や見切り品ばかり。
 こんな風な買い方なんて、した事は無かった。
「――まあ、人それぞれだしな」
 朝日さんは、何かを感じ取ったのか、あたしの頭をそっと撫でると、そう言った。
「じゃあ、行ってくる」
「あ、うん」
 うなづきながらも、ふと、疑問がわく。
「……でも、こっちまで持って来てもらえばいいのに……」
 すると、朝日さんは、眉を寄せてあたしを見た。
「……大阪(むこう)にいた頃も頼んでいたんだが……配達員が女性でな。……その、あからさまに部屋に入り込もうとされてしまって……」
 気まずそうに言うが、その内容にギョッとしてしまう。
「だ、大丈夫だったの?」
「ああ。だから、それ以降、管理人預かりにしてもらってるんだよ」
「……そ、そう……」
「――だから、自分の部屋に入れるのは、オレが大丈夫だと思ったヤツだけだ」
「……そっか」
 そう、うなづきかけて止まった。
 ――あたし、最初から同居を持ちかけられたんですけど。
 朝日さんは、あたしの視線に、少々気まずそうに返した。
「……だから、言っただろ。……一目惚れだって。……どうにか接点を作りたかったんだよ」
「……そ、そう……」
 どう反応していいのかわからず、うつむいてしまう。
 ――それは、最初から、あたしは特別だったという事で……。
 にやけそうになってしまうが、はた、と、気がついた。
「あ、朝日さん、家賃!」
「は?」
 キョトンと返され、あたしは慌てて続ける。
「だから、ここ、月五万って約束だったでしょ!」
「――ああ、それか。別に構わない」
「は⁉」
 あっさりと言われ、目を剥いた。
「ダメ!それはそれ!」
「だが、いずれは結婚するんだし――」
「今は違うでしょ!」
 実質、生活費までおんぶにだっこじゃ、あたしがダメになってしまう。
 そう続けると、朝日さんは困ったように笑う。
 そして、あたしを抱き締め、耳元で囁いた。

「まあ、お前がダメになっても、オレが一生面倒みるから」

「……っ……‼」

 あたしは、瞬間、真っ赤になる。
 何で、この人は、いろいろと衝撃が強すぎるんだ。
「ていうか、オレはもっと、甘やかしたいんだけどな。――いろいろと」
 そう言って、朝日さんは、あたしの耳たぶを軽く噛んでくる。
「……やっ……!」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「……朝日さんっ!」
 彼は、上機嫌で、部屋を出て行く。
 あたしは、それを見送ると、思わずその場にしゃがみ込んでしまったのだった。
< 116 / 195 >

この作品をシェア

pagetop