EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 朝日さんが荷物を取りに行っている間、あたしは、クローゼットに服を片付ける事にした。
 持っている服はそう多くはないが――どう片付けようか。
 悩みかけると、ちょうど、ガチャリ、と、ドアが開く音が響き、あたしは、朝日さんの部屋から顔を出す。
「あ、朝日さん、クローゼットって……」
 一緒で良いと言われたが、どのくらい使って良いのかわからなかったので、尋ねようとして――あたしは固まる。
「……朝日さん?」
 段ボール二箱を持った彼は、先ほどとは打って変わって、沈んだ表情を見せていた。
 それでも、どうにかそれを隠そうと、顔を上げる。
「あ、ああ。悪い、何だ?」
「……ううん……何か、顔色、悪くない?」
「――いや、大丈夫だ」
 ごまかすように返され、あたしは、口を閉じる。
 その頑なな感じに、何かがあったのかと思うんだけど――でも、それを聞いて良いのか、わからなかった。
「それより、食材、片付けるの手伝ってくれ」
「――うん」
 すぐに、彼はいつも通りの表情を見せてきたので、あたしは、その一瞬の不安を胸の奥にしまって、キッチンに向かった。

 それから、二人でどうにか一週間分の食材を冷凍したり、下ごしらえしたり。
 朝日さんは、珍しそうにあたしの手元を見ると、感心したように言った。
「それも、冷凍できるんだな」
「した事無かった?」
「ああ、野菜はそのまま突っ込んでる」
 言いながら、彼は冷凍食品を片付けた。
「お前といると、いろいろ新発見があるな」
「……あたしは、必要に迫られて、だから……」
 そうでもしなければ、生きていけなかった。
 できる限り、切り詰めて。
 でも、元カレ達には、ちゃんとしたものを食べさせてあげたくて。
 ――結果、あたしだけが、割を食っていたのだけれど。
「美里」
「え?」
 視線を向けると、耳元で朝日さんは言った。

「――オレといるんだから、もう、昔の事は忘れろ」

「……うん……」

 あたしは、うなづくが、そのままうつむいてしまう。
 ――そうは言っても、あの男達の記憶が消える事は無いんだ。
 それは――未練とかではなくて、今のあたしを作り上げた原因だから。
 それに気づいているのか、朝日さんは、そっと髪を撫でてくれた。
「ホラ、手が止まってるぞ」
「……うん」
「美里」
 頤を取られ、顔を彼に向けると、すぐに口づけられた。
「――ん」
「……思い出せないくらい、可愛がってやるから」
「……朝日さん、言い方、やらしい」
 苦笑いが浮かぶが、あたしは、そのまま彼の胸に顔をうずめる。
「……お願いします」
「――ああ」
 それから、二人で夕飯を済ませ明日の支度を終える。
 そして、朝日さんは宣言通り、あたしの意識が飛ぶまで、可愛がってくれたのだった。


 浮上してくる意識に、ぼうっとしながら目を開ける。
 すると、あたしをじっと見つめている、朝日さんの端正な顔が視界に入り、いつものごとく、息を飲んでしまった。
 毎回毎回、いい加減に慣れないといけないとは思うけど、やっぱり、その衝撃に慣れる事はない。
「おはよう、美里」
「お、おはよう、ございます……」
「だから、何で敬語に戻るんだ、お前は」
「だって……」
 不意打ちは無理だってば!
 そう反論したかったが、彼のキスが何度も降って来て、目を閉じる。
「そろそろ、起きるか」
「あ、今何時……」
「まだ五時半だ。お前は、もう少し寝ても大丈夫だろ」
「ダメ!起きます!」
 あたしは、そう言って身体を起こすが、瞬間、空気が変わり視線を落とす。
 ――ああ、そうだった。
 散々、朝日さんに愛でられ、素っ裸な上、キスマークは再び全身に。
「コラ、煽るな」
「やだ、ちょっ……」
 そんなあたしを、朝日さんは自分の方に引き寄せ、思わず倒れ込む。
 厚い胸板で受け止められると、そのまま抱き締められた。
「今日は立てるか?」
「……立てなかったら、どうしてくれるんですか」
「抱きかかえて出勤か」
「……あたしの立場、考えてください。仕事に支障が出ます」
 眉を寄せて言うと、朝日さんは、口元を上げる。
「――いっそ、交際宣言するか」
「え」
 一瞬、真っ白になったが、次には真っ青に。
「ダメです!……あたし、まだ、この仕事していたいんです!」
「それはわかるが――いずれ、どちらかが異動になるぞ」
 あたしは、視線を逸らす。
「いずれ、です。……今じゃない……」
 そう言って、ベッドの下に落ちていたTシャツを拾い上げると、そのまま頭から被る。
 そして、立ち上がると、若干違和感はあるが、どうにか立てた。
「美里」
「支度します」
 ――どうしても、今は、まだ、素直にうなづけない。
 あたしの気持ちを感じたのか、朝日さんもベッドから下りると、無言で、あたしの頭を軽くたたいた。
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