EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 最寄り駅に着くと、あたしは、改札を出て辺りを見回す。
 ――まだ、寿和から受けたストーカーまがいの行為は、あたしの心をざわつかせるのだ。
 あれから、何も連絡は無いし、姿を見る事も無いから――きっと、新しい仕事を見つけて、新しい生活を始めたのかもしれない。
 元々は、あんなダメ男じゃなかったはずだったんだから。
 あの時の恐怖は、まだ完全に消えた訳じゃないけれど……朝日さんとの暮らしで、忘れている事ができた。
 ――それは、もう、過去になっていっているという事なんだろう。

 あたしは、そんなコトを思いながら、マンションへと歩き出した。


 二人の部屋に帰ると、いつもよりもテンション高く夕飯を作り始める。
 ――つい、気合いが入ってしまうのは、もう、あきらめよう。
 そして、夕飯を作り終えるあたりで、玄関のドアが開いた。

「お帰りなさい」

「ただいま、美里」

 そう言いながら、こちらに来ると、朝日さんは気まずそうにあたしを見やった。
「……その……悪かったな」
「え?」
 その態度に、一瞬で、心臓が冷える。

 ――……何……?何か、あった……?
 ……あたし、何か、した……?

 硬直し、不安を見せるあたしに、朝日さんは、すぐに首を振る。
「いや、企画書の件だ。――結局、煮詰まったか」
「あ、何だ……」
 思わず、ホッとしたあたしは、苦笑いで首を振った。
「それは、仕方ないから。……そもそも、あたし、今までこんな仕事した事、無かったし」
 それに、朝日さんは、自分の仕事をしたまで。
 文句が言えるはずも無い。
「まあ……結局、ウチの会社じゃ、総務は何でも屋みたいなところになってるからな。他の会社で分かれている部とかも、ウチじゃ全部一緒に請け負っているし」
「……他の会社もそうなのかな」
 ポツリとそう言うと、朝日さんはギョッとして、あたしに言った。
「お、おい、美里!まさか、辞めるとか言わないよな?!」
「え?」
 キョトンとして返すと、彼は拍子抜けしたような表情を見せる。
 そして、次には、ホッとしたように苦笑いした。
「……頼む、驚かせるな……。オレの指導のせいで辞めるとか、パワハラ事案だろうが」
 彼の過剰なまでの反応に、つられて苦笑いだ。
「ただの感想よ。……あたし、鈴原冷食(ウチ)以外勤めた事無いから、わかんないの」
「――まあ、それを言ったら、オレもだが」
 あたしは、言いながら洗面所に向かった彼を見やる。
 ――そう、なんだ。
 確か、新井さんが、向こうの大学卒業して、そのまま就職したって言ってたな。
 
 ……あたし、朝日さんの事、まだ、そんなに知らないんだよね……。

 まあ、実質、会ってから一か月も経っていないんだから。
 そう思い、不意に、先日、会社に押しかけて来た彼女の事を思い出す。

 ――……あの(ひと)……一体、どうなったんだろ……。

 結局、あれから、会社に現れる事は無いから、あきらめたのか。
 でも、そんなに簡単なものには見えなかった。
 大阪時代の部下と言っていた彼女。

 ――……朝日さんを恨んでいるのは、確かだった……。

 小坂主任から聞いたのは――彼が、彼女にヒドい事をしたという事だけ。

 一体、二人の間に、何があったんだろう。

 ――……でも、あたしには、聞けなかった。

 ……失う恐怖の方が――大きいから……。
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