EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 その場に残されたあたしは、呆然としながら、周囲を見回す。
 あたしの私物は、この部屋を片付けないと見つからないようだ。
 にじんできた涙を思い切りこする。

 ――……上等じゃない!

 そのまま腕まくりをすると、あたしは足元の鍵をバッグに突っ込み、玄関に置く。
 そして、いつも使っていた掃除用具を引っ張り出し、二時間ほどかけて、ようやく記憶の中の部屋に戻す事ができた。
 あたしは、ゴミ袋を固め、玄関のそばに置く。
 埃まみれの顔をこすると、思わずむせこんだ。
 けど、ようやくスッキリできた。

 ――アイツとは、もう、終わりだ。

 何の未練も無い。
 あたしを彼女として思ってないのは――もう、気づいていたけれど、ああやって言葉にされて、ようやく踏ん切りがついた。
 舞子が言うように、あたしがダメにしてしまったのかもしれないけれど、もう、元には戻れないだろう。
 あたしは、メモ用紙を棚から取り出すと、マジックで大きく書いた。

 ――さよなら。別れてください。

 ――部屋は、来月中に解約するので、退去をお願いします。鍵は、ポストに入れておきます。

 一瞬、後悔しそうになるが、大きくかぶりを振る。
 そして、ラックにしまっていた私物や、服を取り出し、スーツケースとバッグにしまった。

 ――……バイバイ。
 ――……楽しかった思い出なんて、数えるほどしか無かったけれど――それでも、嫌いになれなかった。

 再びにじんできた涙をこすると、あたしは息を吐いて、部屋を後にした。


 駅まで歩き、ひとまずコインロッカーにスーツケースを入れる。
 大きなバッグは入らないので、持ち歩くしかない。
 舞子の部屋は、そんなに広くないので、必要以上の荷物は持って行けないけど、仕方ない。
 あたしは、駅を出ると、ひとまず契約していた不動産会社に電話をかけて、来月末退去の依頼をした。
 そして、次に、駅前通りにあった不動産会社の住宅情報を眺める。
 賃貸情報は、やはり、ネットと似たり寄ったり。
 すると、その脇から扉が開いた。

「お部屋探されてます?」

 中から出てきた男性に、にこやかに声をかけられ、思わずたじろぐ。
 あたしよりも少しだけ高い身長。きっと、学生時代、柔道とかやってたんじゃないかと思うような、体格の良さ。
 けれど、人好きするような雰囲気に、あたしの警戒心は少しだけ緩み、思わずうなづいた。
 店の中に入り、イスを勧められたので、素直に座る。
 大きい方のバッグは足元に置いた。
「――急な話なんで……希望エリアに良さそうなところが見つからなくて」
「そうですか、どのあたりがご希望で?」
「……前の部屋が駅から十分ほどなので、そのくらいなんですけど……」
 すると、男性はデスクからファイルを取り出し、パソコンと交互に視線を移した。
「……そうですね、今、ウチが取り扱いしてるところで、駅近の物件はあらかた埋まってますが――」
 申し訳なさそうに言われ、あたしは首を振る。
「良いんです。もう、あればラッキーくらいに考えていたので」
 そして、イスから立ち上がり、足元のバッグを抱え上げた。
 一応、最低限の服と雑誌、マグカップや使っていたシャンプーなどが入っているので、まあまあの重みだ。
 その様子を見やり、男性は、少しだけ不審そうにあたしに尋ねた。
「――あの、何か事情がありましたか」
「え?」
「いえ、大荷物で、急ぎで部屋を探すとなると――」
 あたしは、一瞬、家出と間違われたのかと思い、慌てて首を振った。
「ち、違います。……あの、お恥ずかしい話……同棲解消して、すぐに出てきたものの……友人の部屋にも、そんなに世話になれなくて……」
「――そうでしたか」
 男性は、少し考え、あたしに向き直った。

「――よろしければ、一か所、ご紹介したいところがあるんですが、お時間大丈夫ですか?」

「――え⁉」

 思わぬ言葉に、あたしは、一も二もなくうなづいた。
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