EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 あたしは、ゆっくりと体勢を変え、朝日さんの方に向く。
「……どうした、の?」
 かすれた声でそう問いかけると、彼は、あたしの手を取る。
 そして、指を絡めて握りしめた。
「……朝日さん……?」

「――もう、大丈夫だからな」

「……え?」

 あたしの手に口づけると、朝日さんは、眉を寄せてそう告げる。
 けれど、あたしには意味が分からず、聞き返した。
「……な、何?急に……」
「――オレが、一生、守るから。……もう、怖い夢なんて、見させないから」
「――……朝日さん……?」
「……うなされてたぞ。……捨てるな、良いコでいるから――そう繰り返して」
 思わず息をのんでしまった。
 それは――たぶん、昔からの夢。
 トラウマのように刷り込まれた感情。

 ――良いコでいなきゃ、役に立たなきゃ、あたしは捨てられる。

 ――そしたら――もう、行くところなんて、無い。

 子供の頃に、繰り返し、自分に言い聞かせていた。

「……美里。――……結婚の挨拶、少し待った方が良いのか……?」
 朝日さんは、眉を寄せたまま、あたしに尋ねる。
 あたしは、答えに詰まった。
「……ご、ごめん、なさい」
「無理しなくて良い。……お前が、ちゃんと家族と向き合えるまで、待ってるから」
 そう言って、朝日さんはあたしの髪を何度も撫でる。
 それは――小さな子供をなだめるように。

「……ありがと……」

 浮かんできた涙は、彼の優しい大きな手に拭い去られた。

 ――……わかっているんだ。

 ――……でも――今は――まだ……。

 あたしは、しばらく、目を閉じて、頬を撫でる彼の手を感じていた。


 ようやく動けたのは、夕方近くになってから。
 ――連休で良かった。
 本気で思ってしまった。
 あたしが寝ている間に、掃除などの家事はすべて終わったようで、朝日さんは、再び部屋に戻って来た。
「どうだ、起き上がれそうか」
「……うん」
 ベッドから下りようとするが、慌ててそばに畳んであった服を手に取った。
 また、あっさりと、人の下着まで畳まれた!
 あたしは、ジロリと見やるが、朝日さんは、キョトンとするだけだった。
 すぐに服を着ると、よろよろとベッドから下りる。
「大丈夫か?」
「……うん。……今日はもう、本当に止めてよね」
「わかった、わかった。ゴメン」
 あたしを支えるように腰に手を回すと、彼はあたしをのぞき込んで謝る。
 その表情が可愛く思えてしまい、あたしは、渋々、と、いったようにうなづいた。
 ――もう、ズルいな、この男は。
 無意識なのが、手に負えない。

「……ちゃんと、甘やかしてよね」

「もちろんだ」

 言うが遅い、朝日さんはあたしを抱き上げると、リビングのソファに座らせてくれた。
 そして、自分も隣に座ると、スマホを見せる。
「なあ、明日、ここで良いか?」
「え?」
 視線を向けると、有名なジュエリーショップのサイト。
 ここから一時間ほどの県庁所在地にある、全国展開している本格的な店だ。
 時折、テレビCMを観る事もあるような、そこに、思わずたじろいでしまった。
「美里?」
「え、あ、あのっ……こんな高そうなところじゃなくて良いからっ!」
「は?せっかくの一生ものだ。ちゃんとしたところの方が良くないか?」
「無理無理っ!怖くてつけられないっ!」
 あたしの反応に、朝日さんは、あっけにとられる。
「――美里。……オレが、贈りたいんだが?」
「でも、こういうのって、ずっと、つけていないとなんでしょ?もし、失くしたり、傷つけたりしたら――」
「その時は、修理に出せるし、何なら買い直したって良い」
 ――そんなの、できるか!
 思わず叫びたくなったが、あたしは、口を閉じた。

 ――……結婚する前に、お互いの金銭感覚、すり合わせた方が良いのかも……。

 七つも年上ともあってか、朝日さんは、あたしにお金を出させないつもりなんだろう。
 けれど、あたしにとって、それは、心理的な負担なのだ。
 ――今までの経験が、彼の意見に素直にうなづかせてくれない。
「……美里、とりあえず見るだけならどうだ?」
「――……入ったら、出られなさそう……」
 すると、苦笑いで返された。
「大丈夫だ。――気に入らなければ、上手い事ごまかして出れば良い」
「――……そんな事できない……」
 朝日さんは、半泣きになったあたしを抱き寄せて、髪に顔をうずめた。

「――ちゃんと、お前に似合ったもの選ぶから。……全部、オレに任せろ」

「朝日さん」

 結局、浮かれたように勧める朝日さんに負け、翌日、ジュエリーショップに向かったのだった。
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