EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 目の前のショウケースに並ぶ輝きたちに、圧倒されっぱなしのあたしは、困惑を隠せず、隣の朝日さんを見上げた。
「どうだ、こういうシンプルな方が良いか?」
「あ、朝日さん」
 ケースの向こう側の女性店員は、チラチラと彼を見やりながらも、次々とリングを取り出して、あたしに見せる。
「いかがでしょうか。気になるものがあれば、お出し致しますよ」
 今まで、まったく縁の無かったプラチナのリングに、あたしは、戸惑いを隠せない。
 あたしの態度に気づいたのか、朝日さんは、店員に言った。

「今日は、下見のつもりなので、しばらく、悩ませてもらいますね」

 彼がニコリと微笑むと、彼女は、ぽう、と、見とれた後、慌ててうなづいた。
「――かしこまりました。では、おすすめのものを、いくつかお出ししますので、お試しになられますか」
「ありがとうございます」
 二人のやり取りを、まるで、別世界の事のように見ていたあたしは、居心地の悪さを感じてしまった。
 ――……やっぱり、あたし、場違いじゃ……。
 一応、手持ちの服で、できる限り大人っぽく、スーツ姿の朝日さんに合うようにしてみたけれど、中身は所詮あたしだ。
「美里、ちょっとはめてみるか」
「え、あ」
 言うが遅い、朝日さんは、あたしの左薬指に、そっとリングをはめる。
 少しプカプカしてしまったのに気づいた店員は、一旦、サイズを測った方が良いと、彼に言う。
 それにうなづき、彼が、そっと、リングを外すと、店員がいくつも輪っかのついた道具を持って来た。
「失礼いたしますね」
 そう言って、あたしの指に、輪っかを数回はめては外していく。
「――お客様の指、細くていらっしゃいますね。このくらいかしら」
 いくつか試し、ようやくサイズが決まる。
 そして、見本を数点つけると、朝日さんはあたしの様子を見やり、店員に断りを入れた。
「ちょっと悩んでみますね。一生ものですし」
「ええ、ぜひ、悩んで納得いくものをお選びくださいね。またのご来店、お待ちしております」
 そう見送られ店を二人で出る。
 数メートル歩くと、あたしは、不意に足の力が抜けてよろめいてしまった。
「美里、大丈夫か?」
 すかさず朝日さんが支えてくれたので、転ばずに済んだが――完全に、緊張が解けた結果だ。
「……こ、怖かった……」
「何でだ?ちゃんと、出て来られただろう?」
「だ、だって、値段っ……」
 出された見本についていた値札が視界にどうしても入り、あたしは、朝日さんが勢いに任せて買わないか、冷や冷やしたのだ。
 普段使っているものとは、ゼロの数がいくつも違う。
 それだけで、あたしは、怖くなったのだ。
「まあ、それは気にするな」
「気にします!」
 思わず敬語になってしまったが、仕方ない。

 ――どうにか、彼の意識を逸らなきゃ。

 あたしは、ぎゅ、っと、彼の手を握った。
「美里?」
「……帰ろう、朝日さん」
「え、でも、まだ店は……」
「――……帰って……甘えたい」
 ポツリと言うと、彼は、一瞬固まり、すぐに指をからめる。
「――ああ」
 そしてうなづくと、コインパーキングに停めていた車に乗り込んだ。

 部屋に着くと、リビングのソファに座った朝日さんに、抱っこされるように後ろから抱き締められた。
「――ちょっと、急かしたな。……悪い、テンションが上がった」
「……ううん。……ただ、まだ、気後れしちゃって……」
「ああ。――で、オレは、どうすれば良い?」
 のぞき込まれ、あたしは、返答に詰まる。
 帰りたいがために、甘えたいって言ったけれど――さすがに、今日はできない。ていうか、身体が悲鳴を上げそうで怖くなる。
 ――でも、それ以上に、この温もりにおぼれたくなるのだ。
 あたしは、そっと彼に背中を預ける。
「……しばらく、こうしていたい」
「……わかった」
 朝日さんはうなづくと、そっとあたしの身体を抱き締めてくれた。


 そろそろ夕飯の支度をしようと、二人で何となく流し観していた配信サービスのドラマを消すと、あたしは立ち上がる。
「美里、大丈夫なのか?」
「……うん。……ありがと……」
 恐る恐るうかがってくる朝日さんに、あたしはうなづく。
 だいぶ、リラックスできたのか、身体も自由に動く。
 すると、隣に置きっぱなしのバッグが不自然に震えた。
「あ、メッセージかな」
 あたしは、スマホを取り出すと、固まる。
「美里?」
「……舞子から……お怒りのスタンプが……」
 朝日さんに見せたのは、舞子が気に入っているキャラクターが、プンプン、と、怒っているもの。

 ――事情は、いつ聞けるのかしらね!

 あたしは、彼を見やると、苦笑いで返された。
「どうする?――舞子くんには伝えるか?」
「……う、うん……」
 もちろん、舞子には、一番に伝えるつもりだった。
 でも――正直、納得してくれるか、不安でもあるのだ。
 今までを知っている、唯一の親友。
 彼女に祝ってもらえる結婚をするのが、せめてもの恩返しなのだから。
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