EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 いよいよ、明日が当日。
 あたしは、床に座ってバッグの中身を三回ほどチェックしながら、後ろから抱き着いてくる朝日さんを振り返った。
「……ねえ、朝日さん、動けないんだけど」
「……少しくらい良いだろ」
「そう言って、もう、三十分くらい抱き着いてるでしょ」
 あたしは、ベリ、と、音がするかと思う勢いで、彼の腕を引きはがした。
「まったく、もう!準備が進まない!」
 この後、頭を悩ませ続けた服を準備して、靴も用意して。
 あと、スマホの充電をして、ああ、バッグにポータブル充電器も入れておかないと。
 そんな事を思いながら、立ち上がろうとすると、腕を取られ彼の胸に逆戻り。
「朝日さんってば!」
「そんなに必要なものがあるのか?」
「だって、何かあったら困るじゃない」
 すると、朝日さんは、苦笑いしながらあたしを見た。
「……それもそうだが……向こうだって、準備はしているんだろ」
「それでも、行き帰りとかもあるし……」
 そもそも、あたしは、全四回、フルで参加なのだ。
 万が一の着替えとかも考えないと……ああ、でも、バッグにどこまで入るんだろう。
「……お前なぁ……。……ああ、でも、それだけの量入れるんだから、いつも荷物の重さが半端ないんだな」
「うるさい」
「いっそ、収納アドバイザー、やってみたらどうだ、お前?」
「え?」
 冗談交じりに言われ、あたしは、キョトンと返す。
 何、それ。
 そんなあたしに、朝日さんは楽しそうに続けた。
「ホラ、今、資格とか取れるだろ、そういうの。お前、向いてるんじゃないのか」
「――冗談でも無理。……あたしは、今のままで良い」
 思わず視線を下げてしまう。
 ――あたしは、そんな上昇意欲は無い。
 ……ただ、普通に生活していければ――そして、幸せになれれば――それで、良い。
 すると、朝日さんは、あたしを包み込むように抱き締めた。
「……まあ、言っただけだ。気にするな」
 じゃあ、言わないでよ。
 そうボヤきたかったけれど、すぐに唇がふさがれる。
「朝日さんってば。まだ、終わってない」
「もう、十時だろ。あと、何を入れる気だ?」
「最終確認!明日、高根さんに会社前に九時半って言われてるから、朝はバタバタするだろうし」
 朝日さんは、ふてくされながらもうなづくが、あたしの肩に顔をうずめる。
「……もう、拗ねないの」
 彼のその行動は、クセのようで――それが愛おしい。
 あたしは、軽く抱き締め、背中をトントンと叩く。
 まるで子供をあやしているようで――でも、幸せで。
「……美里」
「何?」
「……虫よけしたい」
「……バカ」
 高根さんの名前を出したせいか、彼は、甘えるように言う。
 でも、明日明後日は、本当にマズい。
「わかってるでしょ、部長(・・)?」
 わざと役職を強調すると、朝日さんは、渋々あたしを離した。
「……まあ、オレも行くから、何かあればすぐに言えよ」
「うん」
 だが、まだ何か言いたげにしているので、あたしは、彼をのぞき込んだ。
「――どうかしたの?」
「……いや、お前、最近の会社の男どもの視線、気づいてるか」
「……は??」
 キョトンと返すあたしに、彼は大きく息を吐いた。
「……やっぱりな」
「え?あたし、何かした?」
 何か、マズい事でもあったの?
 そう思ったが、苦笑いで首を振られ、あたしは、ますます頭を悩ませた。

「――総務の白山、最近色気がすごい、だと」

「……は???」

 ふてくされたように言われ、あたしは固まる。
 ……何、それ。
「――ホラ……毎日のように可愛がってるから……その……フェロモンとかでてるのかも」
「……よくわかんないけど、朝日さんのせいって訳ね」
 言いがかりのように言われ、あたしの気圧は下がる。
「わ、悪い。……でも、時々、キスマークが見えたとか、言われないか?」
「……仮に見えたとして、あたしに、そんな事言う人いると思う?」
「……いや、まあ、そうだな……」
 納得されたが、何だか腑に落ちない。
「大体、そういう事なら、なおさら、朝日さんは我慢してください」
「わ、悪かったって!」
 敬語になるあたしに、彼は慌てて抱き着く。
「……機嫌直してくれ」
「……とにかく、日曜まで、ダメですから」
「わ、わかった。我慢する」
 そう言って、朝日さんは、両手を上げて苦笑いした。
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