EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 その男性からもらった名刺には、”新井(あらい)不動産、専務、新井(たつみ)”と、あった。
 社用車の後部座席に乗せられ、数分。
 名刺を眺めている間に、そこに到着する。

「着きましたよ」

「――……え……」

 車が停車したのは、駅裏の高層マンション。
 数年前に、突如現れた見慣れないそれに、周辺の住人は色めき立ったものだ。
 ――そんな場所に、何であたしはいるんだ。
「あ、あ、あ、新井さんっ⁉あたし、こんな高そうなトコっ……!」
 車から降りるのを拒むあたしに、新井さんは、申し訳なさそうに笑った。
「いえ、ここ、実は、最近の経済事情もあってか――まだ、半分も入居者がいないんですよ」
「え」
「思った以上に、空室が多いんで、少しずつ家賃も下げてはみているんですが……やっぱり、難しいみたいでして」
「で、でも」
 下げたと言っても、あたしの手取りじゃ高望みだろう。
「あ、あの、あたし――」


「巽?」


 言葉を遮るように、聞き覚えのある低い声が耳に届き、あたしは思わず固まった。
 そして、ギ、ギ、と、音が聞こえるかと思うほど、ぎこちなく首を向ける。

「――……白山?」

 すると、予想通り、目の前にいたのは――黒川部長だった。

「朝日、どこか出てたのか」
「ああ。――というか、何で、白山がここにいる」
 にこやかな新井さんとは対象的に、部長は、不機嫌そうな表情を見せた。
「え、白山さんの事、知ってるのか?」
「――総務部の人間。……オレの部下だ」
「へえぇ!奇遇だな!」
 あたしは、二人の会話を聞きながら、ポツリと疑問をつぶやいた。
「……もしかしなくても……お友達……?」
 その言葉に、新井さんは、振り返ってうなづいた。
「そう。コイツとは、地元が同じこっちで、高校、大学一緒。ボクは実家継ぐから帰って来たけど、朝日は、大学があった関西の方で就職したんだよな」
「――今は、そんな話はしていない。何で、白山がここにいるのかと聞いているんだ」
 少々イラつきながら、部長が尋ねるが、新井さんは慣れたように笑った。
「お客さんだからに決まってるだろ」
「は⁉ココを紹介する気か⁉」
 目を剥く部長の正面で、あたしは縮こまる。
 そりゃあ、そうよね。
 同じ会社。手取りくらい、簡単に想像がつく。
 明らかに身の丈以上の住まいなんて、あたしだって望んでいない。
 それに――。
「――あの……部長って、ココに住んでいるんですよね……?」
 あたしが尋ねると、しかめ面を隠そうともせず、部長はうなづいた。
 そんな表情なのに、イケメン度が変わらんのは何でよ。
「――……オレも、コイツに捕まったクチだ。友人割引とか言われてな」
「空室は、ウチも困るんだよー!」
「だからって、白山の手取りじゃ……」
「わかってるって!だから、低層階なんだけど――朝日の知り合いってコトもプラスして、こんなトコでどうかな?」
 新井さんは、あたしを振り返ると、八本指を立てた。
「え⁉」
 ――八万⁈
 そんなの、前の部屋以上に安いじゃない‼
 思わず飛びつきそうになったが、部長が視界に入り、一旦停止。
 上司と同じマンションなんて、気が休まるはずもない。
「……あ、あの……あたし、やっぱり、別のところ探すので……」
 そう言いながら、後ずさる。
「え、でも、当てはあるの?」
 新井さんに尋ねられ、言葉に詰まる。
 けれど――当初予定していたネカフェを巡れば良いだけの話だ。
「だ、大丈夫ですっ……!わざわざありがとうございました!」
 あたしは思い切り頭を下げると、荷物を持って、駅に向かって走り出した。
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