EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 総務部に戻れば、みんなお昼に出たようで、いつも通り、部屋は閑散としていた。
 あたしは、お弁当をテーブルに置くと、先に座った朝日さんを見やった。
「……あの……ありがとうございました」
「――大丈夫だったか」
「……ハ、ハイ……」
 すると、彼は、ムスリ、と、表情を変える。
「……美里」
「だっ……だから、会社だってば!」
 思わずタメ口になってしまったが、慌てて周囲を見渡す。
 人の気配は無かったが、いつ、誰が戻って来るかわからないんだから。
「――後で聞いたんだが……広報部、手癖の悪い男がいると。……よりによって、アイツだったか」
 あたしは、気まずくなって視線を下げた。
「……あ、あの……担当、変えられませんか……?」
「――そうしたいのは山々なんだがな。……どうやら、あの男がメインで担当しているらしいんだ」
「……そう、ですか……」
 また、昼からも、あんなセクハラを受けなければならないのか。
 すると、朝日さんは、苦々しく言った。
「……まあ、我慢しろとは言わない。また、同じ様な事をするなら、すぐに人事に連絡するから」
「……ハイ」
「――まったく、人の女に軽々しく触るなっていうんだ」
 あたしは、ボヤきながら箸を手にした彼を、目を丸くして見た。
「……何だ」
「い、いえ、あの……」
「美里?」
 あたしは、チラリと周囲を見回すと、そっと彼の手に触れた。
「……う、うれしい、な、って……」
 そう言って見上げると、朝日さんは、目を見開き言葉に詰まる。
「……バカ、煽るな」
「――別に、そんなつもりじゃ」
「帰ったら、上書きしてやるから」
 あたしは、その言葉に、コクリ、と、うなづく。
 それだけで、まだ、頑張れる気がした。


 午後からも同じ彼に指導を受けたが、先ほどの朝日さんの迫力に押されたのか、午前ほど、直接的な接触は無くなった。
「じゃあ、後は、文字打って、こっち宛てに送って」
「承知しました」
 あたしは、うなづくと、メモ用紙を片付け、立ち上がろうとする。
 すると、下半身に、ぞわり、と、違和感。
 視線を向けると、スカートの上から、そっと太ももを撫でられた。

「――……っ……‼⁉」

 あたしは、驚いて彼を見ると、ニヤリと口元を上げるだけ。
 ――やだ、やだ、何、コイツ!
「……バーベキュー大会の時にも思ったんだけどさ、白山さん、案外スタイル良いよね」
 こそりと至近距離で囁かれ、身体はビクリと反応する。
 ウソ、ヤダ。
 こんなヤツに反応しないでよ!
 自分の身体に文句を言うが、思うように動いてくれない。
 チラリと室内を見渡すが、こちらはパーティションで遮られている上、他の人間は取材対応に出て行くと言って、誰もいない。
「あ、あのっ……」
「ね、彼氏いるの?」
 あたしは、半ば恐怖心にかられ、うなづく。
 ――何なら、婚約者よ!
 そう言いたかったけれど、声が出ない。
「何だ、残念。でも、まあ、ちょっと楽しませてよ。最近、ご無沙汰なんだよね、俺」
「――……ひっ……!」
 彼の手が、どんどんあからさまに触れてきて、あたしは完全に固まった。

 ――嫌だ、やめて!

 そう叫びたかったけれど、声が出ない。
 調子に乗りかけた彼だが、ちょうど、出ていた他の人間が戻って来たので、その手を止めた。
 あたしは、どうにか震えながら立ち上がる。
「……あ、あり、がとう……ございましたっ……。し、失礼、しますっ……!」
 声を振り絞り、頭を下げると、振り返らず広報部を出た。

 足が震える。
 声が出ない。

 ――何で、あたしは、あんな男にばかり目を付けられる⁉

 三人目の男が思い浮かび、あたしは、思い切りかぶりを振る。

 最初は、ナンパ。
 警戒心をあらわにしたあたしを、あの手この手でなだめ、そして、その日のうちにホテルに連れて行かれた。
 二人目で痛い目に遭ったあたしは、自暴自棄だったのかもしれない。
 でも、彼が甘い言葉を口にしたのは――あたしだけにじゃなかった。
 数週間で他の女といるところに出くわし、何人も何人もあらわれた浮気相手に、最後には言葉を失った。
 ――でも、合い鍵をくれたから。
 あたしは、いつまでも帰って来ない彼を、ずっと部屋で待ち続けたのに。

『お前、母親みたいなんだよね。正直萎えるし、もういいわ。合い鍵、返せよ』

 切り捨てるように言われた言葉は、胸に突き刺さった。
 ――浮気は浮気。……いつか、戻って来てくれると思いたかった。

 ……でも、それは、完全にあたしの願望でしかなかったのだ。
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