EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 高根さんに連れられて向かったマンションは、本当にすぐそばだった。
 徒歩でも数分。その三階。
「……すみません……あんまりキレイな部屋じゃないんですけど……」
「いえ……」
 広めのワンルームに、あせったよう入り、ガサガサと書類を片付けている彼からは何の下心も感じられず、あたしは、少しだけ心が軽くなった。
「ど、どうぞ。あ、コ、コーヒーでも飲みますか」
 あたしは、素直にうなづく。
 彼の勧めるものは、美味しかったのだから、間違いは無いだろう。
 部屋の中に恐る恐る入ると、漂ってくるコーヒーの香り。
「あ、そこのソファ、どうぞ」
「……ありがとうございます」
 あたしは、促されるままにソファに腰を下ろす。
 スーツケースは、玄関に置いてきた。
 すると、数分して目の前にカップが差し出される。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
 あたしはそれを受け取ると、ふう、と、息を吹きかけ、口をつける。
 その香りと深い味に、ようやく、ひと心地つけた気がした。
 高根さんは、向かいに座ると、自分の分に口をつける。
「……美味しいです」
「あ、ありがとうございます」
 お互いにお礼の言い合い。
 何だかおかしくなって、クスリ、と、笑みが浮かんだ。
 すると、高根さんは、ホッとしたように微笑む。
「――良かった。……笑ってくれましたね」
「え」
「涙、止まりましたか?」
「あ」
 あたしは、自分の頬に手を当てる。
 確かに、いつの間にか涙は乾いていた。
「……あの……こんな状況ですけど……本当に、行く所が無かったら、泊っていきますか?」
「いえ、あの……そこまでお世話になる訳には……」
「あ、もちろん、僕はネカフェにでも行きますから、気を遣わずに……」
「そっ……そんな訳にはいきません!」
 あたしは、高根さんに勢いよく詰め寄ってしまった。
「あ、すみません。……でも、あの……追い出すみたいで……」
「ダメです。さすがに――その、僕も男ですし。それに、一人の方が、思う存分泣けますよ」
「――高根さん……」
 苦笑いしながら、彼は立ち上がる。
「……明日の事は、明日、考えましょう。……今日は、ちゃんと悲しんでください。――じゃないと、きっと、いつまで経っても、とらわれます」
「……経験談、ですか?」
 あたしは、涙をハンカチで拭きながら、彼を見上げた。
 すると、軽く首を振る。
「……いえ、ウチの会社、結構、恋愛経験豊富な人間ばかりなんで。僕は――ずっと、男子校でしたから、まったく縁が無くて」
「――え」
「……白山さんが、初めて好きになった女性です」
「……高根さん……」
 彼は、あたしに、笑いかける。

「――だから、大事にしたいんですよ」

 そして、そう言って、部屋を出て行った。

 ――大事なんだよ。

 そう言ってくれたのは――朝日さんなのに。

「――……っ……」

 あの男が大事にしていたのは――きっと、あたしを大事にしている自分だったんだろう……。
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