EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 ガチャリ、と、ドアが開く音がして、うっすらと目を開ける。
「あれ、白山さん、ベッド使わなかったんですか」
「――……高根……さん……」
 ぼんやりと周囲を見回せば、馴染みの無い部屋。

 ――ああ、そうか。

 あたし、あのままソファで眠ってしまったんだ。

 彼は、あたしの隣に恐る恐る座ると、起き上がったあたしの髪を、そっと後ろに流した。
「……おはようございます。……ちゃんと、泣けたみたいですね」
「……え……」
「目が腫れてます」
「……そう、ですか……」
 あたしは、うつむくと、軽く目尻をこする。
 指には、まだ涙が残っていたのか、水滴がついた。
「――……あの、僕、自炊しない人間なんで……朝ご飯買って来たんですが……サンドウィッチで良かったですか」
「あ、いえ、そこまでお世話になる訳には……」
 高根さんは、持っていた袋をテーブルに置く。
 そして、テイクアウト用のコーヒーカップを取り出した。
「いつもの店のヤツです。……以前、あなたと一緒に入った店ですよ」
「……高根さん」
 あたしに一つ手渡すと、彼は隣に座ったまま、自分のものに口をつけた。
「……あ……ありがとうございます……」
 ひとまず、お礼を言うと、持っているカップに口をつける。
 ふわり、と、かぐわしい香りに包まれ、ほう、と、息を吐いた。
「……美味しい、です」
「……良かったです」
 しばらく、無言のまま、二人で買って来たサンドウィッチに手をつける。
 たまごサンドは、しっとりとしていて、マヨネーズの塩梅もちょうど良い。
 ――……朝日さんにも、食べさせてあげたい。
 そう思ってしまい、あたしは、手を止める。
 胸の痛みが再び顔を出し、涙が一筋頬を伝った。
「し、白山さん……」
「す、すみません。……あ、あの、あたし、お暇しますね」
 こんな風に泣きっぱなしなんて、高根さんに申し訳無い。
 けれど、彼は立ち上がろうとするあたしの腕を掴んだ。
「――行く当ては、無いんでしょう?」
 あたしは、一瞬止まるが、すぐに首を振る。
「……どうとでもなります。……慣れてるんで……」
「――え」
 戸惑う高根さんに、あたしは、無理矢理微笑んで返した。

「――あたし、いつも振られては、ダメ男に捕まってばかりなんです。……ていうか、あたしがダメにしちゃうみたいなんですけどね」

「……白山さん……」

「――……だから……あたしみたいなヤツ、好きになっても、良いコトありませんよ」

 あたしは、そう言って、部屋の隅に置いておいたスーツケースに手をかけようとする。
 だが、それは、すぐに止められた。
 高根さんに掴まれた手首は――そこだけ熱を持っていて。

「――大丈夫ですっ……!僕は……メリットの有無で、あなたを好きになった訳じゃありませんから!」

「……た、高根さん」

「――初めて……駅でお世話になった時に、あなたのような女性と、人生をともにできたら――きっと、一生、幸せなんだろう。……そう、思ったんです」

 真っ直ぐあたしを見つめて訴えてくる彼は――顔中真っ赤で。
 だからこそ、その言葉がウソとは思えなくて。
 あたしは、頭を下げた。

「――ありがとうございます」

 その言葉は、拒絶だ。

 でも、彼は、あたしの両手を取ると、そっと握りしめた。
「……今は、何も求めません。……昨日も言ったように、待ってますから……」
「でも」
「大丈夫です。……これでも、口にした事を(たが)えた事はありません」
 ニコリと微笑む彼の言葉と態度に、再び涙腺は緩む。
「し、白山さん」
「……ありがとうございます……」
 こんな風に言ってくれるなんて、ありがたいけれど。

 まだ、朝日さんで埋め尽くされた心と身体は、失った痛みから回復するようには思えなかった。
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