EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 ひとまず、何も考えられないので、ソファに座り込んだままでいれば、ゆるゆると時が過ぎていく。
 高根さんは、少し気まずそうに、でも、意を決したのか、隣に座ると、あたしを抱き寄せた。
「……高根さん」
「――……こういう時は、誰でもいいから、温もりが必要かと思って……」
 あたしは、拒否する気も起きず、されるがまま抱き締められた。
 ぼんやりとした視界に、心配そうにあたしを見つめる高根さんが入って来て、口元を上げる。
「……温もり、ですか」
「……あっ!あの、別に変な意味じゃ……いや、そう言っちゃう僕が下心あるみたいですけど……」
 あたしは、慌てる彼に、クスリ、と、笑いかけた。
「……良いですよ。……こんな女で良かったら――」
 ――もう、どうだっていい。
 高根さんには失礼だろうけれど――朝日さんの温もりを忘れられるなら、それでも良かった。
 すると、頬に彼の手が触れ、あたしは目を閉じた。
 けれど――次には、ペチリ、と、軽く叩かれる。
「え」
 驚いて目を開ければ、眉を寄せた高根さんがあたしを見ている。
「……高根さん……?」
「――バカにしないでください。失恋直後に、付け入るような真似ができる男じゃありません」
「――……っ……」
 あたしは、その言葉に、罪悪感を覚える。
「……すみ、ません……」
 ――何て、失礼なんだ、あたしは……。
「――いえ。……僕こそ、すみません。……叩いてしまって……」
「叩いたうちに入りませんよ」
 ほんの少しだけ、強く触れた。
 それだけだ。
 あたしは、彼の胸に頬を寄せる。
「――白山さん」
「……すみません……。……少しだけ、甘えて……良いですか……」
「――ハイ」

 聞こえる彼の鼓動は、とても速くて――でも、それが、何故か安らげた。


 どれくらいの時間、そうしていたのか。
 あたしは、ゆっくりと顔を上げ、高根さんを見上げた。
「……もう、良いんですか?」
「……ハイ。……だいぶ、落ち着いたみたいです」
 そう言って、立ち上がる。
 ――そろそろ、潮時だろう。
 これ以上、迷惑はかけられない。
「白山さん?」
「ありがとうございました。……ご迷惑をおかけして、すみません」
「あ、あの」
「――この辺で、お暇しますね」
 あたしは、そう言って、スーツケースに手をかける。
 けれど、すぐに、それは彼の手に止められた。
「高根さん?」
「ほ……本当に……どこも、行く当て、無いんですか?」
 あたしは、その言葉にうなづく。
「ご実家とか……ごきょうだいとかは……」
 気まずそうに尋ねる彼に、あたしは首を振った。

「……実家には帰れないんです。……今まで頼っていた友人も、恋人と同棲始めたので、もう、無理で」

「な……ならっ……一緒に住みませんかっ⁉」

「――え」

 あたしは、唐突な申し出に目を丸くする。
「あ、いえっ……その、僕、どうせ、部屋には、ほとんど寝に帰って来るようなもので……それに、週末は仕事の事も多いから、白山さんと顔を合わせる事も少ないかと……」
「で、でも」
「い、一種のルームシェアみたいなもので……どうでしょうか」
 ――どうだと言われても。
 今のあたしには、ありがたい以外にない申し出だけど。

 ――……それでも。

「……ありがとうございます。……でも……」
 あたしが断りを入れようとすると、すぐに、彼は続けた。
「じ、じゃあ、次の部屋が見つかるまでっ……!」
「え」
「ずっと、ホテルやネカフェって訳にも、いかないでしょう。あなたが、部屋を探している間――いえ、もちろん、何もしませんからっ!何なら、手を出したら、通報しても構いませんし!」
 畳みかけるように言われ、呆気にとられる。
 だが、その真摯な訴えに、心は揺れた。

 ――次が見つかるまで。
 ――それまでなら……。

 もう、舞子の部屋には転がり込めないし、他に行く当ても無い。

 あたしは、彼を見やると、頭を下げた。

「――……じゃあ……できる限り、早目に見つけますので……」

「……ハイ!」

 けれど、うれしそうに返す彼に、笑顔は返せなかった。
< 159 / 195 >

この作品をシェア

pagetop