EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.35

 最寄り駅で降りると、夏休みに入った学生達や、イベント帰りの人達でごった返していて、あたしは、無意識にその人混みを避けるように端に寄って歩く。
 もう、染みついた習性。
 目立たないように、目立たないように――……。

「あ、白山さん」

 不意に名を呼ばれ、あたしは、ビクリと肩を震わせ、振り返った。

「――た、高根さん」

「今、お帰りですか」

「ハ、ハイ」

 高根さんも同じような時間だったのか、駆け寄ってくると、あたしの隣に並んで歩き出す。
 どうせ、帰る場所も一緒なんだから、違和感は無いんだけれど――まだ、朝日さん以外の人が隣にいるのには、慣れない。
「あの、夕飯って、作ります?」
「え?」
「いえ、せっかくですし、どこか食べに行きませんか?」
 あたしは、微笑む高根さんから視線を逸らすと、そのままうつむいた。
「――すみません。……何かしていた方が……気が紛れるので……」
「あ、そう、ですよね。……じ、じゃあ、僕、食べてから帰りますので」
「――え、あの」
 どうせなら、一緒に夕飯を、と、言いかけたが、彼はニッコリと笑顔で止めた。
「言いましたよね。そういう事されると、結婚願望止められなくなりますよ?」
「あ、ハ、ハイ……すみません……」
 視線を下げたあたしに気を遣ってか、高根さんは、慌てて続けた。
「いえ、嫌とかじゃないんですよ?……ただ、僕が調子に乗りそうな気がして……その……」
 ごにょごにょと続けた彼は、交差点で、マンションとは違う方向に歩き出す。
「じゃあ、気を遣わないで、自由に過ごしてください」
「――……あ、ありがとうございます」
 あたしは、去って行く彼を見送ると、マンションに向かった。

 ――……あんなに、何も求めない人は、初めてで。

 それでも、あたしに好意を向けてくれるなんて……そんな人がいるなんて、思わなかった。


 マンションの部屋の鍵を開け、中に入れば、もう、染みついたコーヒーの香りが迎えてくれた。
 それに、ほんの少しだけホッとして、あたしは、中に入る。
 申し訳程度に入れた食材を取り出すと、簡単に夕飯を作って食べる。

 ――もう、一人で食べるメシは味気ないんだよ。

 不意に浮かんだ朝日さんの言葉を、身に染みて感じてしまう。

 ――……うん、そうだね……。
 ……誰かと食べるだけで、全然違う。

 ポツポツと、箸を持った手に雫が落ちていく。

 ――泣いているのに気がついたのは、口に入れたご飯が、しょっぱかったからだ。
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