EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー

fight.36

 お盆休み前のバタバタもようやく終了し、あたしは、逃げるように会社を出た。
 今日も、朝日さんは、山のような書類を抱えて、部屋を出たり入ったり。
 電話も鳴りっぱなしで、あたしに視線を向ける事もなくて。

 ――……それは、望んだはずなのに……胸は悲鳴を上げるんだ。


 休みに入るけれど、何をする事も無い。
 舞子はお盆も仕事だし、他に一緒に行動する人もいない。

 ――……もう、帰るところも無いあたしには、こんな時、持て余してしまう。

「た、ただいま……」

「あ、お帰りなさい」

 夕飯を終え、片付けをしていると、高根さんが息を切らして帰って来た。
「……どうかしたんですか?」
「あ、いえ……。……あなたの顔が、早く見たくなって……」
「え」
 思わぬ返しに、固まってしまう。
 流れたままの水音だけが、耳に届いていた。
 すると、高根さんは、ニッコリと照れながら笑った。
「すみません。……たまには意識してもらわないと、って。……何か、居心地良すぎて、忘れそうになっちゃって」
 あたしは、思わず微笑んだ。
 ――何て、素直な(ひと)
 彼は、ゆっくりとあたしに近づくと、うかがうようにのぞき込んだ。

「――少しは、意識してもらえましたか?」

「……もう……」

 いたずらされているようで、あたしは、苦笑いで見上げる。
 けれど、高根さんは固まってしまい、微動だにしない。
「た、高根さん?」
「あ、いえっ!……ていうか、白山さん、僕の決意を揺るがさないでくださいよ」
「え?」
 キョトンとして返せば、視線を逸らされる。
 だが、彼は、向き直ると、あたしを抱き締める。
「――手を出さないようにって、頑張ってるんですけど」
「――……た、高根さん」
「通報、しますか?」
 その温もりは――朝日さんとは違う。

 ――けれど、心地よくて。

 あたしは、彼の背に手を回した。

「――……しませんよ」

 一瞬、彼の肩が震える。
 でも、次には、腕に力が込められた。

「……好きです。――……美里さん」

 耳元で囁かれ、身体がビクリと反応してしまう。
 それに慌てたのか、高根さんは、すぐに離れた。

「す、すみません」

「……いえ……あたしこそ……」

 さみしさを癒すのが温もりだとしても――彼に対して、不実な真似はしたくなかった。


 二人でソファに並んでコーヒーを飲み終えると、高根さんは、あたしをのぞき込んで尋ねた。
「あの……やっぱり、デート、しませんか?……あんまり、ウチにこもるのも、精神衛生的に良くないと思うんで……」
 あたしは、一瞬迷うが、コクリとうなづいた。
 ――確かに、このままじゃ、きっと、気持ちは沈むばかりだ。
「あ、ありがとうございます!」
「……こちらこそ」
 お互いに、少し気恥ずかしくなって、笑い合う。
 そして、高根さんが見せてくれた行先は、彼の会社の優待企画の候補となっていた水族館だった。
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