EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
「美里さん、イルカショー、こっちですよ!」

 翌日、高根さんと朝早くから電車に乗って向かった先は、県庁所在地にある、大きな水族館。
 お盆休みとあって、老若男女問わず、ひしめき合うようになっていた。
「た、高根さん!」
 子供のように、あたしの手を引き、イルカショーの会場に向かう彼に、戸惑いながらついていく。
 ――こうやって、私服になると、少年みたいな人だな。
 ラフなシャツとデニム。
 下手をすれば、大学生くらいでも通用するだろう。
 あたしも、できる限り浮かないような、カットソーにパンツスタイル。
 二人で足早に、時間に間に合うように、会場に向かった。
 そして、水がかからないような位置で、ショーを楽しんだ後は、水槽を泳ぐ魚を眺めたり、お土産屋さんをのぞいてみたり――まるで、学生のデートのよう。
 今まで、こんな風に出かけた事は無かったから、新鮮だ。
 お昼ご飯は、調査も兼ねて中のレストランで食べた。
 意外と美味しくて、お互いに一口交換したり、窓の外から見える海の景色に感動したり。

 ――その間だけは――朝日さんの事を、忘れていられた……。


 結局、デートは、丸一日かかった。
 夕飯まで外で食べるという、今まで、贅沢と思ってできなかった事を、こんな形で経験するなんて。
 駅を出て、二人でマンションへ向かう途中、あたしは買い出ししていない事に気がついて、高根さんに言った。
「あ、あの、あたし、ちょっとスーパーに寄ってから帰りますね」
「あ、じ、じゃあ、荷物持ちしますよ」
「いえ、大した量でもないんで」
 すると、彼は、あたしの手を取る。
「――まだ、デート、なんですから……ね?」
「……ハ、ハイ……」
 ニッコリと笑顔を向けられてしまえば、断る理由は無い。
 あたしは、少しだけ気まずかったけれど、そのまま手を繋ぎ、駅前のスーパーに向かった。

 いつものように、食材を買い、少しだけ見切り商品をのぞいてみたり。
 やっぱり、高根さんがいる前で、買うのは気まずいのでスルーしようとしたが。
「うわ、コレ、こんなに安くなってるんですね!」
「え」
 彼は、気にする事も無く、ワゴンの中に入っていたお菓子を手に取る。
「あ、あの」
「ああ、すみません。つい……」
 あたしは、首を振るが、気まずくなる。
「……あの、見切り品、抵抗無いんですか……?」
「え?全然ありませんよ。期限間近って言っても、すぐ食べれば問題ないでしょうし。それに、少し高くて手が出なかったヤツが安くなっていたら、飛びついちゃいます」
 その答えに、あたしは、驚いた。
 ――まさか、同じ考えだなんて。
「あ、あたしも……っ……」
「そうなんですか?良かった……。引かれたら、どうしようかと思いました」
 二人で苦笑いし合う。
 価値観が同じなのは、一緒にいる上で、とても大事だ。
 少しだけ、高根さんといる事に、気後れせずに済んだ気がした。

 会計を終え、二人でスーパーを出る。
 エコバッグは、高根さんが持ってくれた。
 そして――空いた手は、つながれる。
 どこか、ぎこちなく――でも、その手の力は、離さないよう――きつく。
 絡められた指は、やっぱり、男性の手だった。

 ――けれど、朝日さんの手は……もっと大きくて、少し骨ばって、指は長くて……。

 そんな風に比べてしまう自分が嫌になりそうで、視線を下げる。
 ――けれど、すぐに、上げる事になってしまった。 


「美里?」


 聞き慣れ過ぎた――低い声。

 ――……え。

 声の方を見やれば、朝日さんが、呆然とした表情で、あたしと高根さんを見つめていた。
 そして――その彼の隣には……あの、彼女が腕を絡ませていて。

「――お、お疲れ様、です……黒川部長……」

 どうにか、絞り出すように、挨拶をする。

「……美里、お前――」

「美里さん、行きましょう」

 そう言うと、高根さんは、あたしの手を引く。
「え、あ、あの……」
「……今は、帰る事だけ考えて」
 少しだけ硬い声。
 あたしは、そのまま、彼に引きずられるように歩き出した。
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