EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
 あたしは、彼の手を取る。
「美里さん」
「――……ありがとう……ございます……」
「じゃあ……」
 でも、その言葉には首を振った。

「――……あたしは……もう、誰もいらないんです」

 それは――決意。

 朝日さんと別れた傷は、もう、どうやったって癒えない。


 なら――もう、誰もいらない。


「――……わかり……ました……」

 高根さんは、そっとあたしを離すと、立ち上がる。
 あたしは、ホッとして彼を見上げ――固まった。

 ――……え。

 彼の瞳からこぼれた涙が、あたしの頬に落ちた。

「――た、高根さ……」

「同情はいりません。――……ただ……僕には、幸せな家庭は望めないんだと思ったら――」

 あたしは、その言葉に、胸が痛んだ。

「……気持ちは、良く、わかります」
 高根さんは、背を向けて首を振る。
「だ、だからっ……同情とかいいんで……」
「同情じゃありません」
「なら」
「あたしも――同じです」
「え」
 戸惑いながらあたしを振り返る彼を見上げ、その手にそっと触れた。

「――……あたしは……幼い時に両親が亡くなりました」

「え」

「……引き取られた――叔母夫婦の作られた家庭で、捨てられないように気を遣って生きてきたんです」

「美里さん」

 高根さんは、ヒザをつくと、あたしを抱き締める。
「――……すみません……。……被害者ぶって……」
「……いいえ。……ただ……あたしと、少し似てるなって……」
 すると、彼は、少しの間黙り込み――そして、言った。

「……なら……あなたが、次の場所を見つける間だけでも――……家族ごっこ、してみませんか」

「え」

 それは……どういう……?

 高根さんは、あたしを離すと、続けた。

「結婚するとか、同棲するとかじゃなくて――お互いに経験できなかった、幸せな家族っていう理想を、少しだけでも経験してみませんか」
「――……え」
「……きっと、あなたも……一度は、思い描いた理想の家族です」
「……理想の……」

 それは、もう――朝日さんとは叶わない事。

「傷のなめ合いって言われても、反論できないですけど……」

 そして、今まで、一度も経験した事もないその提案に、あたしの心は、ほんの少し揺らいだ。
 少しの間だけでも――ごっこ遊びのようなものでも……”家族”を経験できるなんて……。

「もちろん、身体は求めません。――まあ、キスくらいは許して欲しいですけど」
 少しだけ茶化すように言う高根さんの目は――真剣で。
 ふざけ半分で、そんな提案をするような人でない事は、知っている。
「……どちらかが、続けられないと思った時点で、終了です。……いかがでしょうか?」
 あたしは、戸惑いながらも、うなづく。

 ――かりそめの”家族”でも――これまで経験したどれよりも、マシ。

 そう、思った。
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