EASY GAME-ダメ男製造機と完璧上司の恋愛イニシアチブ争奪戦ー
fight.38
「白山――ちょっと来てくれ」
「ハイ」
月末までと言われていた年間の企画書を提出する時、一緒に辞表を差し出していた。
それを受け取った瞬間の、朝日さんの驚いた顔に、あたしは、自嘲気味に口元を上げて返す。
――今さら、何を驚くっていうのよ。
これまで、平然と仕事をしていたとでも思っていた?
終業後に呼ばれ、隣の会議室に二人で入る。
もう、週末で、総務で残っている人間はあたし達くらいだ。
ドアを閉めると、彼は、眉を寄せる。
その表情は――苦しそうで。
「……どういう、つもりだ」
「――ですから、今月末で退職させていただきたいと」
「美里!」
「名前で呼ばないで!」
けれど、朝日さんは、あたしの両肩を掴む。
その力は――まるで、逃げさせないように、強く。
「何でっ……!」
「わかんない⁉もう、アンタと顔を合わせたくないの!」
「――……っ……」
上司に対する言葉じゃないのはわかっている。
けれど、もう、取り繕うつもりもない。
「あたしは――……」
言いかけて、言葉に詰まる。
――……何で……涙が流れるのよ。
「美里」
恐る恐る、朝日さんは、あたしを抱き寄せる。
「美里、頼むから――話をさせてくれ」
「聞きたくないって……言ったっ……!」
駄々をこねるように、首を振り続ける。
彼は、そんなあたしを、抱き締め続けた。
――やめて。
――……捨てたのは、アンタじゃない。
――……頑張って、頑張って、傷をふさいでいる最中に、何で――……!
「オレが――愛してるのは、お前だけだ」
耳元で響く低い声。
泣き出したあたしをあやすように――でも、熱を込めて、彼は言う。
「信じっ……られないって……言ったっ……‼」
「美里」
「あたしは……っ……もう……誰もいらない!」
「そんな事言うな」
「……あたしは、いらないコなんだからっ……‼‼」
胸の奥でくすぶっていた記憶がよみがえる。
――何で、あのコだけ置いていくのよ。
イラついた叔母の声が、まだ、鮮明によみがえる。
――……ああ、あたしは……いらないコなんだ。
物心つく前から、母親は家にほとんどいなくて――仕事に出ていた父親が、保育園の送り迎えをしていた。
そして、どうにか、生活をしていたけれど……。
――美里……ごめんな……。
珍しく、夕方から家にいた父親が、あたしが眠る前、泣きそうな顔でそう言って頭を撫でたのが――彼を見た最期だった。
眠っていたあたしが起きると――もう、叔母達が、真っ青な顔でバタバタと家中を走り回っていたのを覚えている。
――ウソでしょ⁉義兄さんっ……何てコトしてくれたのよ‼
ヒステリーを起こした叔母の声が、耳ざわりで――あたしは、アパートの部屋の隅で、体育座りをしたまま、きつく目を閉じ、両耳をふさいでいた。
けれど、幼いながらに、両親はもう戻らないと悟っていて。
最終的に引き取った叔母の、最初の迷惑そうな表情に、深い傷を負ったのだ。
「美里‼」
不意に肩を揺すられ、我に返る。
「――お前は、必要な人間だ」
その言葉に顔を上げれば、あたしよりも苦しそうな、朝日さんの――変わる事の無い端正な顔。
「――……朝日、さん……」
あたしが名前を呼べば、彼は、少しだけホッとしたように、うなづいた。
「……ごめん……なさい……」
つぶやくように言うと、あたしは、その場に崩れ落ちる。
「――……美里」
そして、不安そうにヒザをつき、のぞき込む彼を、涙を流したまま見上げた。
――……もう、これ以上、あたしにかまわないで。
……ちゃんと……切ってあげるから――彼女のところに行ってよ……。
「……あたし……高根さんと、一緒に住んでるの……」
「――え」
そう事実を告げれば、朝日さんは、目に見えて硬直する。
二人の間の空気が、急激に冷えた感じがして、あたしはどうにか、立ち上がった。
「ハイ」
月末までと言われていた年間の企画書を提出する時、一緒に辞表を差し出していた。
それを受け取った瞬間の、朝日さんの驚いた顔に、あたしは、自嘲気味に口元を上げて返す。
――今さら、何を驚くっていうのよ。
これまで、平然と仕事をしていたとでも思っていた?
終業後に呼ばれ、隣の会議室に二人で入る。
もう、週末で、総務で残っている人間はあたし達くらいだ。
ドアを閉めると、彼は、眉を寄せる。
その表情は――苦しそうで。
「……どういう、つもりだ」
「――ですから、今月末で退職させていただきたいと」
「美里!」
「名前で呼ばないで!」
けれど、朝日さんは、あたしの両肩を掴む。
その力は――まるで、逃げさせないように、強く。
「何でっ……!」
「わかんない⁉もう、アンタと顔を合わせたくないの!」
「――……っ……」
上司に対する言葉じゃないのはわかっている。
けれど、もう、取り繕うつもりもない。
「あたしは――……」
言いかけて、言葉に詰まる。
――……何で……涙が流れるのよ。
「美里」
恐る恐る、朝日さんは、あたしを抱き寄せる。
「美里、頼むから――話をさせてくれ」
「聞きたくないって……言ったっ……!」
駄々をこねるように、首を振り続ける。
彼は、そんなあたしを、抱き締め続けた。
――やめて。
――……捨てたのは、アンタじゃない。
――……頑張って、頑張って、傷をふさいでいる最中に、何で――……!
「オレが――愛してるのは、お前だけだ」
耳元で響く低い声。
泣き出したあたしをあやすように――でも、熱を込めて、彼は言う。
「信じっ……られないって……言ったっ……‼」
「美里」
「あたしは……っ……もう……誰もいらない!」
「そんな事言うな」
「……あたしは、いらないコなんだからっ……‼‼」
胸の奥でくすぶっていた記憶がよみがえる。
――何で、あのコだけ置いていくのよ。
イラついた叔母の声が、まだ、鮮明によみがえる。
――……ああ、あたしは……いらないコなんだ。
物心つく前から、母親は家にほとんどいなくて――仕事に出ていた父親が、保育園の送り迎えをしていた。
そして、どうにか、生活をしていたけれど……。
――美里……ごめんな……。
珍しく、夕方から家にいた父親が、あたしが眠る前、泣きそうな顔でそう言って頭を撫でたのが――彼を見た最期だった。
眠っていたあたしが起きると――もう、叔母達が、真っ青な顔でバタバタと家中を走り回っていたのを覚えている。
――ウソでしょ⁉義兄さんっ……何てコトしてくれたのよ‼
ヒステリーを起こした叔母の声が、耳ざわりで――あたしは、アパートの部屋の隅で、体育座りをしたまま、きつく目を閉じ、両耳をふさいでいた。
けれど、幼いながらに、両親はもう戻らないと悟っていて。
最終的に引き取った叔母の、最初の迷惑そうな表情に、深い傷を負ったのだ。
「美里‼」
不意に肩を揺すられ、我に返る。
「――お前は、必要な人間だ」
その言葉に顔を上げれば、あたしよりも苦しそうな、朝日さんの――変わる事の無い端正な顔。
「――……朝日、さん……」
あたしが名前を呼べば、彼は、少しだけホッとしたように、うなづいた。
「……ごめん……なさい……」
つぶやくように言うと、あたしは、その場に崩れ落ちる。
「――……美里」
そして、不安そうにヒザをつき、のぞき込む彼を、涙を流したまま見上げた。
――……もう、これ以上、あたしにかまわないで。
……ちゃんと……切ってあげるから――彼女のところに行ってよ……。
「……あたし……高根さんと、一緒に住んでるの……」
「――え」
そう事実を告げれば、朝日さんは、目に見えて硬直する。
二人の間の空気が、急激に冷えた感じがして、あたしはどうにか、立ち上がった。